マルベリーの木

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 それから数日後。  その日は都心で仕事の打ち合わせがあり、出版社の担当者と食事をして帰りが遅くなった。最寄り駅に到着したときには22時をまわっていた。  暑くもなく寒くもなく、気候はちょうどよかったから、散歩する気分で家路を歩く。商店街に差し掛かると、日中は賑やかな通りはシャッターが下り静まり返っていた。自分のヒールの音が、やけに響いて耳障りだった。  人通りもなく、LEDの青白い光を受けていると、なんだかうら寂しい気持ちになってくる。そのせいか、嫌がらせの怪文書が頭に浮かぶ。  せっかく楽しく食事をしてきても、あれを思い出すと一気に気分が重くなる。葵をそんな気持ちにさせるのが目的なら、十分な効き目が出ているとその相手に教えてやりたかった。  沈んだ気持ちで商店街を抜けたときだった。 「……あのっ!――あの、すみません!」  後ろから急に声を掛けられ、思わずびくりと肩が震えた。慌てて振り返ると、そこに若い男性が立っていた。――ランニング中なのか、ジャージの上下。  夜道に声を掛けられ、恐怖が胃のあたりからせり上がってくる。だが、相手の顔を見て、悲鳴を上げて逃げ出そうとする足は、そこで留まった。
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