それはきっと愛の告白

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 悪魔は善いことをすると体が痛むそうだ。キシキシと嫌な音がして、羽は抜け落ち、口から血がこぼれ落ちる。悪魔にとって善いこととは命懸けの行為らしい。 「そこまでして、善いことをする必要があるんですか?」  知り合いの悪魔が「今日は死にかけの婆さんが困ってたから助けてやったんだぜ〜」なんて言いながら地面の上で痛みにのたうち回っていたので、私は見下ろしながら尋ねてみた。 「それ、天使様が言う〜? 普通、天使は世のため人のために善いことをしなさいとか言うもんじゃないの?」 「それだけ体をぼろぼろにして痛がってる者にそんなことを言うのはただの外道です」 「はは、ごもっとも! ていうか俺そんな酷い? まじ? 好きな相手の前であるまじき格好してる?」  やだ恥ずかしい、とわざとらしく言いながら乱れた髪の毛を直しているが、私はこの悪魔が血反吐を吐くところも見ているので何を今更という気分だ。 「ていうか、なんでいいことするかなんて愚問でしょ。何回も言ってるじゃん、天使になるためだって」  口の端に血を付けたまま、ニコニコと痛みを隠して悪魔は笑う。  いつ出会ったかも忘れたこの悪魔は何故か天使の私を「好き」と宣い、挙げ句の果てには「天使になる」などと言ってひたすらに善行を重ね始めた。  悪魔曰く、善いことをしていればそのうち悪魔の羽が全て抜け天使の羽に生え替わるらしい。元悪魔の天使は見たことがないが、まあ悪魔から天使になろうなんて者は滅多にいないのだろう。逆は時々聞くが。  悪魔は悪行を控えて善いことをしているので今は仲間の大半からめちゃくちゃ嫌われているらしい。 「だって俺、あんたと同じになりたいんだもん。好きな相手と同じ存在になりたいの。悪魔にしてはロマンチストでしょ。だから絶対天使になる! 善いこともする! 痛いけど! それともあんたが悪魔になってくれんの?」 「堕天を仄めかす悪魔と関わる気はありません」 「ごめんってぇ! 冗談だよ、冗談! もう言わないから、俺と濃厚に関わって! これからもちゃんと会ってよぉ」  天使様に会えないと力が出ないからぁ、と縋り付いてこようとする悪魔からさりげなく距離を取りつつも「会うくらいならいいですけど」と答える。  会いたいと言われて無下にするのは天使としてどうかと思うので。それがたとえ悪魔相手でも。 「でもまあ、そうだよなぁ。天使様にはその真っ白でふわふわの毛がお似合いだもん。悪魔なんて似合わないよね」 「……あなたこそ天使の羽は似合わないのでは?」 「そんなことありません〜。俺はなんでも着こなす美貌の持ち主ですぅ」  いや羽はファッションアイテムじゃないだろと思ったものの、そういえば悪魔が羽に櫛を入れているのを見たことがある。悪魔にとっては飾りなのだろうか。私は手入れしようなどとは考えたこともないが。 「うーん、それにしても天使様の羽はいつも綺麗だね。触ってみてもいい?」 「……あなた、そんなにぼろぼろの体でよくそんなこと言えますね。天使に触られたら痛いとか言ってませんでした?」 「あは、そーだよ。天使様って存在が神々しいから、俺たちなんか焼かれちゃうもん」  なら触らなければいいのでは、と眉を寄せてしまう。全く悪魔という生き物は意味不明過ぎる。そもそも私のことを好きだ好きだと言っているのも意味不明なのだが。 「でも触りたいんだってぇ。わかるでしょ? それが好きってことなんだよ」 「わかりません、恋をしたことがないので」 「じゃあ、天使様の初恋は俺にちょうだいね」  ニコッと当たり前のように言われる。うっかり頷いてしまいそうな言い方に少し感心する。これが悪魔のやり方か。私は引っかからないが。 「悪魔に恋なんて馬鹿げたことしません。そんなことしたら堕天してしまう」 「……それってマジ? え、天使ってそんな簡単に堕天すんの?」 「いえ、厳密には私がめちゃくちゃ落ちこぼれで天国での評価が極めて低いため、悪魔に恋なんてしたら十中八九堕天だろうという推測から言いました」  ぶはっ、と吹き出すように笑われる。失礼な悪魔だな。 「天使様、落ちこぼれなんだ? なんで? 天使のわりに口悪いから? 不真面目なの? あ、忘れっぽいんだっけ」 「私は真面目ですよ。ですが……そうです、少し忘れっぽいんです。一つのことに集中すると他のことがつい抜けてしまうと言いますか……ある人間を幸せにしなさいと神から使命を受けた時もどうやったら最高に幸せにできるかを真面目に考え尽くしたのです。ですがようやく答えが出たので実行しようと地上に降りた時には、その人間はもう亡くなっていまして」 「だっはっはっ、悩み過ぎじゃん! 時間かかり過ぎて死んでんじゃん!」  ウケる、としつこいくらい笑うので「そんなに笑う人とはもう会いません」と帰ろうとすると「ごめんて〜! ごめんなさい〜!」と傷だらけのままにじり寄ってきた。 「ごめんね、俺って悪魔だからさ、好きな子が嫌がること言っちゃうの。怒った顔も素敵だよ、ごめんね?」 「最低だな、この悪魔……」 「めっちゃ言うじゃん。ごめんなさぁい」  許して許して、とあんまり言ってくるので仕方なく許してあげた。天使なので寛容なのだ。  いくらでも私の側に居座ろうとする悪魔に、傷にも障るからそろそろ帰りなさいと何度か言ってようやく別れる。  全くどうしようもない悪魔だな、と思いながらも他の天使にあれこれ言われないように天国と地獄でもない殺風景な場所にあの悪魔に会うためにわざわざ出向いているのだから、もしかしたら私もどうしようもない部類に入るのかもしれないとふと思った。
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