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「あ、但馬。」
塾が始まる前、夕飯に食べるパンをコンビニで買っていたら、東藤と鉢合わせした。
「今から塾行く?一緒にいこーぜ!」
「は?ついてくんな。」
僕は東藤を無視してコンビニを出た。今日も外では選挙カーが街頭演説を行っている。通り過ぎる国民に向けて、候補者が思いの丈を必死にぶつける。
「性描写や、暴力描写が、犯罪を助長させるのです!
子供たちが安心して生活できる世の中を作るために、私たちは『美しい表現』を守り『悪い表現』を徹底排除します!それが私たち大人の責務です!」
演説する候補者の前を通り抜けながら、東藤が首を捻った。
「今演説してる人、子供のころ漫画とか読まなかったのかな。てか暴力とか殺人描写も規制ってなると、ミステリー小説とかもアウト?」
「僕に聞くな。でもうちの母親はこの候補者は良いこと言ってるって言ってた。子供に有害なものは与えるべきじゃないから。」
「へ~、倫太朗ちゃんのママがねぇ。」
小馬鹿にしたような東藤の態度。
僕がむっとすると、東藤はずいと僕の顔を覗き込んだ。東藤のちゃらけた顔は、よく見ると少し不気味だ。表情が、すべてまがい物みたいで。
「そんで、倫太朗ちゃんは?」
「は?」
突然、僕に訊ねてきた東藤。一体何を訊こうとしているのか僕にはいまいち掴めない。
「東藤何を、」
「ママのいうことはどーでもいいから、倫太朗ちゃんはどう思ってんの?」
ますます意味が分からなかった。
僕がどう思っているか?
いやだから、ママがあの候補者が良いって…
「倫太朗ちゃん。」
東藤がゆったりと笑った。
「全ての事象は、何か一つだけが絶対的な原因なんじゃなくて、それまでのこと…例えばそいつの思考とか、置かれてきた環境とか、あとは何を我慢してきたのかとか、そういうが全部ぐちゃぐちゃに絡み合って、そんで最後は『本人の意思』で決まんだよ。
例え何かに多少影響を受けたとしても、義務教育で常識も道徳もみんな同じように教えてもらってんだから、それでもやらかすのは、それはもう『本人の意思』。現実とフィクションの区別がつかなくて犯罪起こすのも、そーゆ―こと。」
東藤の意味深な発言が嫌に不気味だ。
僕は思い切り顔を顰めて東藤を睨んだ。
「お前、何意味わからないこと言ってるんだよ、気持ち悪。」
お前がいるせいで、ママは僕を責める。
お前さえいなければ、僕は一番なのに。
だから、僕はお前が大嫌いだ。
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