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52 そして1話に巻き戻る
「イリーナ・カルザス! 残念だが君との婚約は破棄させて貰う!」
ひと際目立つ王子様のような見目の男、トーマス・セイブル伯爵子息が眼の前で愛しのイリーナに向かってそう叫ぶと、俺の腕を掴んで自分の前に立たせるように引っ張った。
大勢の客がザワザワとさざめくように、この三文芝居の行く末を見つめている。
「紹介しよう。私の愛する人、新たな婚約者であるジュリー・カルザス女伯爵だ」
――何でコイツと俺が新たに婚約するのか誰か教えてほしいんだが?
確かにこの国は夫に先立たれた夫人が爵位を継ぐ事が出来るがなあ。
そもそもカルザス女伯爵という人物は貴族名鑑には存在していない筈なんだよな~。
まあ、どれかのゴシップ誌に適当にそんな記事も載せてたけどな。死んだ目の魚の気分というヤツが今わかったよ。トーマス有難うな。
取り敢えず気分を変える為に貴族女性のお手本のようなカーテシーを披露するジュリアン。そして――
『もうちっと義務兵役の訓練を厳しくするか。1年でこれじゃ使えんな』
そう心に誓いながらトーマスに拳をお見舞した。
綺麗な放物線を描き飛んで行く令息をしっかり見送り、愛しい女性の手が汚れないように自分の手をハンカチで拭うと偽乳の間にそれを突っ込んで、イリーナをエスコートする為に手を差し出した。
「さ、かえろ。スッキリした?」
「はい。お義母様。気持ちよかったですわ」
まあ、長い事この坊っちゃんと婚約してたからな~、色々鬱積してたんだろーな、と彼女が可哀想になるジュリアンだ。
××××××××××
伯爵邸の廊下を進みながら、
「チョットだけいいか?」
そう言って彼が休憩室を指さしたので首を傾げるイリーナ。
「コレ、意外に窮屈でさ」
ドレスの裾を持ち上げると、その下に見えるのは騎士の履く黒いロングブーツにトラウザーズ。
「下に騎士服を着てたんですか?!」
「下だけ。あとドレスシャツ」
一緒に入った部屋で水色のドレスを脱ぎ始めるジュリアン。
「手伝いましょうか?」
「あ、慣れてるから大丈夫だ」
うまい具合にパッパとドレスを脱ぐと、見た目以上にコルセットで締め付けているのが良く分かったイリーナ。
しかもコルセットの内側に幅のある金属の板のようなものが入っている。コレを身体に押し付ける様に引き絞り、無理矢理体型を変えるのだ。
いざとなれば身体を守る鎧代わりにもなるというのが軍部の開発部の売りらしいが、かなり痛い代物だ。
「凄い・・・」
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