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ニナ
彼女は超・超・超が付く天才で、皆が使っている道具やサービスのほとんどは彼女の発明によるものと言ってもよかった。スマートフォンで打ち止めだった文明の進化を彼女が押し進めたと言われていた。超・超・超天才中学生だ。
対して僕は、超も付かない平凡中学生で、彼女の同級生だった。中学生にして人類の文明を引っ張るような存在の彼女が、どうして普通の公立中学にいて、僕たちと同じように教室で授業を受けたりしているのかというと、それは彼女が、説明すると長くなるんだけど、それは彼女が、契約している大企業の数々に対して提示した最も強い条件なんだそうだ。つまり、平凡な中学生の生活を送ることが。
企業側が彼女のその「生活」に干渉することは許されなかった。ボディガードが引っ付いていたら平凡な生活なんて送れないから。だけど、そんなものがなくても彼女は勝手にクラスで浮いていた。僕らは彼女がすごい人だと知っていたし、遠いところでSPが目を光らせているのも知っていた。何より彼女自身が、すごく非凡な態度だったから。視線はいつもどこかずっと遠いところを向いていて、でも同時に、すぐ近くにある何かをじっと見つめているようにも見えた。たまに喋るけど、冗談とか、相づちとか、そういうコミュニケーションのための飾りみたいなことは言わなかった。何か聞かれたときの答えとか、物事についての感想、それもとびきり独特な、おかしな感想を淡々と発表するような喋り方をした。他人の反応には関心がなさそうだった。笑っているところは、誰も見たことがない。
この僕が唯一、非凡になれるとしたらその点だ。僕は彼女が笑うところを見たことがある。声をあげて笑うというのではなく、ふとこぼれたような、隙のある笑顔だった。
五月の晴れた日の夕方で、僕はその日初めて部活をサボった。勇気を出して、「おなかが痛いから帰る」と、仲間に伝言したのだ。苦しそうな表情を作りながら、先輩に見つからないよう、西館の裏側のところをこそこそと通り抜けていたそのときだった。校内に野良猫がいた。野良猫の向こうに彼女がいた。彼女の名前は仁奈という。僕は野良猫と彼女を見て、彼女は僕と野良猫を見た。野良猫は僕を見て、僕と野良猫は目が合った。それから僕たちは揃って彼女の方を見た。すると彼女はふふっと笑った。
言うまでもなく、そのとき僕は、彼女のことが好きになった。
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