惜別の朝 ⑥

1/1
前へ
/11ページ
次へ

惜別の朝 ⑥

翌日。 ベリスの門出を祝そうと駆けつけた村人達でファマリ村はちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。 「頼む…!せめて、せめて収穫まで待ってくれ!お主がいなくては作業が進まぬ!」 「開口一番に引き止めんな!!」 「あはは…」 身体能力が高く長時間の畑仕事も苦にならないベリスは収穫期を迎える村の貴重な戦力でもあった。 ベリスの手を握り本気で懇願してくる村長をミデルが引き剥がす。 「ベリ姉ちゃん。その…、今までありがとう!」 「えっ?」 「助けられたことだけじゃない。ベリ姉ちゃんとパライトさんのおかげでちょっとは強くなれたし読み書きも計算もできるようになった。チビ達にそれを教えることもできた。全部ベリ姉ちゃんのおかげだよ!本当にありがとう!」 「ありがとう!」 ばっと頭を下げて感謝を伝えるミデルと村の子供達。 その様子を見ていたベリスはくすりと微笑みミデルの頭に軽く手を置いた。 「どういたしまして。…ねぇ、ミデル。一つお願いしてもいい?」 「うん!何でも言ってくれ!」 軽く頭を上げてベリスに視線を合わせるミデル。 期待と強い意志を秘めた瞳に心強さを感じながら別れ際の頼みを告げる。 「これからはミデル達が皆を守ってあげて」 「…っ!あぁ!任せろ!!」 「ふふっ。じゃあ約束」 「おうっ!」 差し出した小指と小指を絡ませ約束を交わす。 ベリスに後を託されたことが嬉しいのかミデルは誇らしげな笑みを浮かべていた。 それからも村人達から門出の言葉が贈られついにフォルナの出番となった。 「よく似合っているわベリス。お父さんが帰ってきたみたい」 「ありがとう!お母さん!」 フォルナは大きく腕を広げてベリスを力強く抱き締める。 「背、抜かれちゃったわね」 五年前まではフォルナの胸にすっぽりと納まるほどだったベリスも今ではフォルナより頭一つ大きくなった。 子供の頃は大きくて暖かかった母が今度は自分の胸に納まっている。 その事実に深い感謝と敬意を表するようにフォルナを抱き締め返す。 「冒険者は体が資本よ。よく寝てよく食べて無理なく進みなさい。お父さん直伝の旅のコツよ」 「うん!」 「もう駄目だって思ったらいつでも帰ってきなさい。どんなに駄目になったってあなたは私達の大事な娘よ」 「うん!」 そこで言葉を切りベリスを離す。そして握った拳をベリスの胸に軽く押し当てた。 「いってらっしゃいベリス。シャルの分まで世界を見てくるのよ」 「行ってくるね!お母さん!」 別れの挨拶を済ませ村の皆に背を向ける。 「頑張ってね!」 「土産話期待してるぜー!」 「ベリ姉ちゃん!元気でなーー!!」 「落ち着いたら手紙送ってねー!」 背中にかかる皆の声。その一つ一つをその背で受け止め心に刻み込む。 それに答えるように右手を上げて軽く振る。 これは旅立ちであり始まりだ。 だからさよならは言わない、振り返りはしない。 「…行ってきます。お父さん」 ファマリ村の門を抜ける頃には背中にかかる声はか細く小さいものになっていた。 旅立ちの日に相応しい柔らかな陽光を見上げながらひた歩く。 目に溜まった雨が降らないように。 村を出て数分が経った頃。脇の草むらから鋭利な敵意が飛び出してきた。 「っ!」 右手に王家の剣を出現させ迫り来る敵意に向けて水平に薙ぐ。 剣は襲来した何かと激突。小気味のいい金属音を立ててそれを受け止める。 そこにあったのは訓練に使っていた木剣、そしてそれを握るパライトの姿だった。 「感情が揺らいでいようと敵意には冷徹に対処する。教えは守っているようですな」 「ここにいましたか」 王女教育のおかげで染み付いた王女としての振舞い、通称王女モードを発動させてパライトに相対する。 「貴方に命じたのは村の警備。供は不要です」 「心得ております。こんな老いぼれが帯同したところで足手まといにしかなりませぬ故」 減らず口を…。 からからと笑う好々爺に呆れを滲ませた視線を送っていると木剣を納めたパライトがベリスに跪いた。 それを確認して王家の剣をしまうとパライトは近衛騎士として口を開く。 「不肖パライト。王女様の旅立ちを祝しに参りました」 「ありがとうございます」 「本日は王女様にご報告がございます」 「何でしょうか?」 「王女様の妹君達、勇胤についてでございます。冒険者として旅を続けていけばいずれお会いになる機会もありましょう。その時貴女様には目の前の人物が勇胤か否かを見極める術がございます」 パライトから告げられたのは思いも寄らない言葉だった。 いずれ会えるであろうことは予想していたが見分ける方法があるというのは初耳だ。 「それはどのような方法でしょうか?」 ベリスが問うとパライトはしばしの沈黙の後に面を上げ… 「会ってからのお楽しみじゃ!」 およそ王女に向けるに相応しくない意地の悪い笑みで答えた。 「もー!なにそれー!!」 王女から冒険者志望の少女に戻ったベリスは肩の力を抜いてパライトを詰る。 「かっかっか!!楽しみは取っておかんとのぅ!…して、ベリスよ」 「何?」 「旅の目標などはあるのか?」 「よくぞ聞いてくれました!」 意気揚々と鞄から地図を取り出しそれを地面に置いて開く。 地図にはベリス達が住むアメレア大陸とそこに点在する国や街の名前が書き込まれている。 その中のいくつかにはベリスがつけた印が刻まれており、そこを指差しながら当面の計画を説明する。 「まずはイッチバまで行ってここの冒険者組合で冒険者の登録をする」 イッチバの町はファマリ村から北西に二日ほど歩いたところにある町だ。 ファマリ村と比べれば町の規模も大きく、ここには冒険者の登録や依頼の斡旋を行っている冒険者組合の支部がある。 そこに行って登録さえ済ませれば駆け出しの冒険者、グレンヌ級の冒険者になれる。 「面白みはないが合理的じゃな」 「一言余計だよ…」 「登録した後はどうするんじゃ?」 「しばらくはここを拠点にしてお金を稼ごうかなって思ってる。で、お金を貯めて仲間を集めたら辻馬車で王都に行く。10月までにね」 「ほぅ。読めたぞ…」 「そう!貯めたお金で記念祭をめいっぱい楽しむ!最初はそれくらいでいいかなって」 「しっかり考えておるではないか」 「えへへっ」 記念祭とは勇者シャルステッドが魔王を倒した日を祝う祭りだ。 毎年十月になるとカヌレーニュ王国領だけでなく他国からも賓客を招き上も下もお祭り騒ぎの一大フェスティバルが始まる。 多種多様な商品が立ち並ぶ露店や各地からやって来た大道芸人による大道芸、更には身分の貴賎を問わない催し等様々なイベントが執り行われる。 暇な時間など一秒もない夢のような日々が幕を開けるのだ。 特に今年は魔王討伐二十周年。 例年以上に盛り上がるに違いない。 一体どんなお祭りになるのか。考えただけでも胸が期待に膨らみ高鳴り始める。 「春になったとはいえまだ日は早い。急いだ方がいいぞ」 「そうだね!じゃあまたね!パラ爺!」 「うむ!達者でな!」 最後の村人、パライトに別れを告げたベリスは冒険の第一歩を踏み出した。 かつて勇者と呼ばれた救国の英雄がいた… 生まれ育った村を出て冒険に出た勇者は数多の出会いと別れを繰り返し大いなる成長を遂げた 力を、願いを、仲間を得た勇者は長きに渡る戦いの末についに災厄の暴君、魔王を打ち倒した これはそんな勇者の物語ではない 「よぉーーしっ!いっくぞーー!!」 その血と遺志を継ぐ子供達の物語である 「行ったか」 ベリスの背中が見えなくなったことを確認したパライトは踵を返して家へと帰る。 「王女様なら叶えてくれるやもしれぬな。陛下も成し得なかった我らの悲願…グレスカンド奪還を」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加