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第一話 勇者の娘 ①
アメレア暦1420年 3月
カヌレーニュ王国領 ファマリ村
かつて勇者と呼ばれた救国の英雄がいた...
「よく似合っているわベリス。お父さんが帰ってきたみたい」
「ありがとう!お母さん!」
生まれ育った村を出て冒険に出た勇者は数多の出会いと別れを繰り返し大いなる成長を遂げた
「冒険者は体が資本よ。よく寝てよく食べて無理なく進みなさい。お父さん直伝の旅のコツよ」
「うん!」
「もう駄目だって思ったらいつでも帰ってきなさい。どんなに駄目になったってあなたは私達の大事な娘よ」
「うん!行ってくるね!お母さん!」
力を、願いを、仲間を得た勇者は長きに渡る戦いの末についに災厄の暴君、魔王を打ち倒した
だが、これはそんな勇者の物語ではない
「...行ってきます。お父さん」
その血と遺志を継ぐ子供達の物語である
アメレア暦1415年 9月
カヌレーニュ王国領 ファマリ村近郊の森
「うぅ...、ぐすっ...」
緑の絨毯を広げたような鬱蒼とした森林に子供の泣き声が虚しく木霊する。
蹲って泣きじゃくる少年、ミデルは成す術のない現実から逃避するかのようにただ泣き続けていた。
初めはただの好奇心だった。
村の大人達が森の中で魔物の死体を見たと言っていたのを聞いたミデルはその死体を探しに森に入った。
その骨でも拾って持って帰れば自慢できると思ったからだ。
しかし、森は子供が好奇心で入っていけるほど安全な場所ではなかった。
畑の手伝いに行くと嘘をついて家を出たミデルは意気揚々と森に入り、十分近く歩いたところで心が折れてしまった。
どこまでも続く同じような景色が方向感覚を狂わせ歩けど歩けど森から出られない。
このまま森から出られなかったら、もう家族に会えなくなったら。
「父ちゃん...母ちゃん...!」
後から後からあふれ出る涙を拭いもせず流れるままにしていると近くの茂みが揺れた。
「父ちゃん?」
父親が探しに来てくれたのかもしれない。
ミデルは立ち上がって揺れた茂みに手を振った。
「父ちゃーん!!ここだよー!!」
茂みが割れて揺らしていた張本人が現れる。だが、それは待ち望んでいた相手ではなかった。
「ひっ...!!」
茂みから出てきたのはミデルの三倍はあろうかという巨体を持った魔物、デッカグマだった。
一本一本が針のように尖った黒くぶ厚い体毛を持った怪物は恐怖に固まるミデルにずんずんと近づいてくる。
「あ...あ...っ!」
恥も外聞もかなぐり捨て惨めに地面を這いつくばって逃げるもすぐに木に囲まれてしまう。
ミデルに追いついたデッカグマは前足を広げながら悠然と立ち上がり右前足を大きく振り被った。
「うわぁーーーーっっ!!」
振り下ろされた右前足は...ミデルを引き裂くことなく大木をなぎ倒した。
最初に感じたのは空を飛んでいるかのような浮遊感。まるで羽が生えたかのように自分の体が宙を浮いてデッカグマから遠ざかっていく。
次に感じたのは自分の体を優しく包み込む温もり。
そして鼻腔をくすぐる嗅ぎ慣れた草と土の匂い。
父ちゃんが助けてくれた?
そう考えたがすぐに違うと気付く。その腕が細くてしなやかだったからだ。
後ろで一本にまとめた肩ほどまで伸びた白茶色の柔らかな髪は激しい動きに合わせて生き物のように靡き、強い意志を秘めた青い瞳はまっすぐにデッカグマを見据えている。
デッカグマの攻撃を避けて自分を助けられるような人間。
そんなの一人しかいない。
「よかったぁ...!ミデル!怪我はない!?」
「べ、ベリ姉ちゃんっ!!」
ベルナリス、ベリスはようやく見つけたミデルを腕に抱き、泣きじゃくるミデルの頭を撫でながらデッカグマと対峙する。
相手は三メートルを越える大型の魔物。
傍らには右前足の一撃によってなぎ倒された木だったものの残骸が転がっている。
あんな攻撃を受けたらひとたまりもない。
「ベリ姉ちゃんやっつけてよ!シャルステッド様の娘なんだろ!?」
助けてもらって安心したのか、ミデルが腕の中で威勢のいいことを言い出した。
「えぇっ!?む、無理だよ!」
「無理じゃない!重いものいっぱい持てるし畑仕事だっていっぱいできるじゃん!俺のこと見つけて助けてくれたじゃん!」
「えぇ...」
そんな問答をしている間にデッカグマが地の底から響いてくるような唸り声を上げながらゆっくりと近づいてきた。
「無理なものは無理だよ...」
「えっ?」
「お父さんが勇者でもわたしは普通の女の子だもん。魔物と戦うなんてできないよ。でもね、こんな時どうすればいいかお父さんが教えてくれたの」
「おぉっ!」
「勝てなかったら...」
「勝てなかったら?」
ミデルを腕から背に背負い直し視線を横に向ける。目指すは木々で入り組んだ森の中。
姿勢を低くして足に力を込め...
「逃げろ!!」
「えぇっ!?」
大声を出すと同時にデッカグマが迫る。
それを真横に跳んでかわしミデルを背負って森の中を疾走する。
逃げる獲物を見て興奮したデッカグマはその巨体と重量を活かし立ち並ぶ木々を避けることなくなぎ倒しながら突き進む。
子供一人を背負い木々を避けながら走る自分、木々をなぎ倒しながら恐るべき速度で直進してくるデッカグマ。
スピード差は織り込み済みだ。
「しっかり掴まって!」
「おう!」
しがみつく手に力が込められる。それを確認したベリスは目の前に迫る木を避けることなく...
「せーのっ!」
表皮を蹴り上げた。
硬い木の皮はちょっとの衝撃では壊れず積み重なった凹凸が滑り止めになって足元を支えてくれる。
走る勢いそのままに表皮を蹴り、枝を掴み、瞬く間に木の頂上へと到達。
生い茂った木の葉で塞がれていた視界は一気に晴れ現在地が明らかとなる。
周囲を見渡すと村で耕している畑が見えた。ここから真後ろに進めば村に辿り着けるだろう。
「わわっ!?」
村までの道筋が見えて安堵していると突如地面が揺れた。落ちないよう慌てて枝を掴んで下を見る。
獲物に逃げられて怒ったデッカグマがベリス達が登った木を揺らしていた。
このままでは木ごと倒されてしまう。
「跳ぶよミデル!」
「はっ?跳ぶ?」
「いっくよー!よいしょーーっ!!」
「おわぁーーーっ!?」
枝を蹴って別の木に跳び移る。言葉にすれば簡単だが並みの人間、ましてや一介の村娘ができるような芸当ではない。
デッカグマがいくら大きく力が強くとも木から木へ軽やかに跳び移る獲物を捕らえることはできない。
初めは二人を追いかけていたがやがて諦めたように減速していった。
「ミデル!!」
「母ちゃーーん!!」
木々を跳び回りながら逃げること数分。
デッカグマの追撃を振り切った二人はファマリ村に戻ってきた。
ミデルがいなくなったことは既に村中に知れ渡っており、二人が帰ってきた時にはミデルの父が村の若い男達を集めて捜索に出ようとしていたところだった。
村に戻ったミデルは泣きながら母の胸に飛びつきミデルの母も戻ってきた息子を力強く抱き締める。
「この馬鹿!みんなに迷惑かけて...!」
「ごめん!ごめんよ母ちゃん...!」
「良かったね、ミデル」
そんな光景を眺めていたベリスの目にも涙が滲む。
まだまだ人生の若輩者だが家族に会えることが当たり前でないことは理解できている。
お父さんに会いたいな...
再会を喜ぶ親子の姿に胸がチクリと痛む。
その痛みを抑え込むように右手を胸に当てているとミデル一家がこちらに近づいてきた。
ベリスの前にやってきた両親は揃って頭を下げる。
「ありがとう!ベリスちゃん!」
「ありがとう!」
「そんな...。当たり前のことをしただけですよぉ」
「ほら、あんたも...」
ミデルの母が後ろに隠れるミデルに促すとおずおずと前に出てゆっくり頭を下げた。
「ありがとう、ベリ姉ちゃん...。心配かけてごめん」
「ううん。ミデルが無事で良かったよ」
少し屈んでミデルの視線に合わせ軽く頭を撫でる。
子供扱いが不服なのかミデルは顔を赤くして距離を取った。
「ベリス!」
自分を呼ぶ声に振り返ると妙齢の女性が濃い茶色の髪をはためかせながら駆け寄ってきていた。
「お母さん!」
ベリスの母、フォルナはその勢いのままベリスに抱きついた。慌てて受け止めるとフォルナは全身でベリスを包み込んだ。
「無事で良かった...!2人とも怪我はない?」
「うん!」
「おう!ベリ姉ちゃんが守ってくれたからな!」
「守られて威張るな!」
「いってぇ!」
「あははっ!」
ミデルの父が情けないことで威張る息子を軽く小突く。それを見ていたベリスと村のみんなは笑い出した。
「おっ?見つかったのかい?」
一人の男が輪の外からひょっこりと顔を出す。定期的に村に来る行商人だ。
人の往来が少なく近くに街がないファマリ村には服や食料等の日用品を売る行商人が定期的にやって来る。
「ご心配をおかけしました」
「いいってことよ。そうだ!見つかった祝いにこいつはどうだい?王都で仕入れた菓子なんだが...」
流れるように商売を始める商魂たくましさに再び笑いが起きる。
「はい!欲しいです!」
「そうこなくっちゃ!1つ100ゴードだよ」
「高っ!?パンが5個買えるじゃない!」
「はい!これで足りますか?」
値段を聞いて怯むフォルナ。
ベリスは怯むことなくポケットから一枚の硬貨、百ゴードを取り出して行商人に手渡した。
「おぉっ!金持ちだねぇベリスちゃん!」
「そのお金どうしたの!?」
「パラ爺にもらったの!お酒届けたお礼だって」
「そう。あの人が...」
「ほい。まいどあり!」
「ありがとうございます!」
お菓子を受け取りそれを潰さないよう加減してぎゅっと胸の前で抱き締める。
先ほどから話に出ているゴードとは通貨の名前だ。
ベリス達が暮らす国、カヌレーニュ王国ではゴードという通貨が使われている。
くっつけて開いたベリスの両手に乗るくらいの大きさのパン一つがおよそ二十ゴード。
今しがた買ったお菓子は百ゴードでフォルナが言った通りお菓子一つでパンが五個買えることになる。
だが、大枚をはたいてこれを買ったのは食べたいからだけではない。
「あの...、外のお話ももらえませんか?」
「あぁいいぜ!今日はとっておきの話があるんだ!」
ベリスがおずおずと尋ねると行商人は待ってましたと言わんばかりに話を切り出した。
「みんなー!外の話してくれるんだってー!」
「やったー!」
「俺冒険者の話聞きてー!」
「私王女様の話がいい!」
ベリスが声をかけると村の子供達がわらわらと集まってきた。
その間に買ったばかりのお菓子、柔らかくてしっとりしたクッキーを指で割って集まってきた子供達に手渡していく。
「ありがとベリ姉ちゃん!」
「えへへっ!楽しい話には美味しいお菓子だよね!」
「んー!うめーー!!王都の奴は毎日これ食えるのか!?」
「はははっ!毎日は無理だな!」
笑いながら子供達の相手をしていた行商人は子供達が集まったのを確認して咳払いした。
「王女様の話はねぇが強い騎士様の話はあるぜ!」
「騎士!?聞きたい聞きたい!!」
ベリスを始めとした村の子供達は目を輝かせながら行商人の言葉を待つ。
様々な土地に出向いて商売をする職業柄彼らは多くの情報を持っている。
他の村や街のちょっとした日常や近年少しずつ激しくなっていっている国同士の小競り合いの話、魔物と戦う屈強な戦士達の話などその内容は多岐に渡る。
行商人が来たら買い物のおまけに外の話を聞くのが村の子供達にとってのささやかな娯楽の一つだった。
「この大陸のずーーーっと北の方に夏でも雪に覆われたでかい山があるんだ。その近くで領主をやってるサウタニカラってお貴族様がいるんだが、最近すげぇ騎士様が現れたらしい」
「すげぇ騎士!?」
「初陣で魔物を倒したんだとよ」
「すげぇ!」
「だろう?だが、すごいのはこっからだ。その騎士様ってのがな...」
行商人はそこで言葉を切り口元に手を添えて内緒話をするかのような体勢を取った。
話術にすっかりはまった村の子供達は興味津々といった様子で顔を近づけた。
「まだ11歳の女の子だったらしいんだよ」
「すごーーい!わたしとそんなに変わらないじゃないですか!」
「うっそだぁ!そんな奴が魔物をやっつけられるわけないじゃん!」
「それができちまうんだよなぁ。なんたって勇者の...」
行商人が言葉を続けようとした...その時だった。
「ベリス!!」
「ひゃあっ!?」
一緒に話を聞いていたフォルナが突然大声を上げた。
「び、びっくりしたぁ...。どうしたのお母さん?」
「え、えーっと...。あぁ!そうそう!パライ...パラポンさんが呼んでたわよ」
「パラ爺が?」
パラポンとは村外れに住む老人だ。
フォルナとシャルステッドが子供の頃から村にいて二人もよく世話になったらしい。
その繋がりはベリスの代でも続いていてよく酒や食べ物を届けたりしているのだがベリスはこのパラポンという老人が少し苦手だった。
たまにお小遣いをくれたり彼が見聞きした外の話をしてくれるのは嬉しいのだがそれ以上に意味の分からないことを吹っかけてくるからだ。
「えぇ...。今いいところなのにぃ」
「用事があるんなら仕方がないな。坊主達!後でベリスちゃんにも教えてやってくれ」
「うん!任せてよ!」
「ありがとう!じゃあ行ってくるね!」
「おう!また今度いい話持ってきてやるよ!」
「はい!楽しみにしてます!」
もっと楽しい話を聞いていたいが呼ばれているなら仕方ない。
後ろ髪を引かれつつもパラポンが住む村外れの小屋に向けて駆け出した。
パラポンの家はファマリ村近くの森の中にある。
パラポンは隠居同然の生活をしているのに酒や食料を持ってこいと度々頼んでくるわがままな老人でそれはいつもベリスの役目。
呼び出されれば道なき森の中を歩いて向かうことになる。
それでも迷わずたどり着けるのは目印として木に巻かれた赤色の布のおかげだ。
それを頼りに進むこと数分。通い慣れた小屋が見えてきた。
パラポンの小屋は森の中にある少し開けた場所にあり、ここで小さな畑を耕したり近くに住む動物を狩って自給自足に近い生活を送っている。
家の近くを見渡すも彼の姿はない。
恐らく中にいるのだろう。
家に近づきドアを軽くノックする。
「パラ爺~?きたよー」
声をかけるも返事はない。
「お邪魔しまーす...」
一声かけてドアを開ける。
光源のない薄暗い部屋には誰もおらず淀んだ静寂が最低限の家具しかない殺風景な部屋に充満していた。
留守かな?
そう思いドアを閉めようとした次の瞬間...
「隙ありぃっ!!」
「っ!?」
頭上から声と共に何かが降ってきた。
声ではなく気配で存在を察知し咄嗟に両腕を高々と掲げる。そしてタイミングを合わせて両手を合わせるように勢いよく閉じた。
手が打ち合う甲高い音が響く。その音が止む頃、ベリスの両手にはどこにでも落ちているような木の棒が挟まっていた。
天井からベリスを強襲した老人、パラポンは髭に覆われた口元をにやりと歪めて棒から手を離した。
「おはようパラ爺!もぉーっ、いっつもこれなんだからぁ」
「ふむ。及第点じゃな」
「きゅーだい?」
「まだまだっちゅーことじゃ」
「じゃあどうすればいいの?」
「止めるだけなら三流でもできる。反撃してこそ一流よ」
パラポンはからからと笑いながら木の棒を壁に立てかける。
これは今に始まったことではなく初めて家を訪ねた時から今日まで欠かさず行われてきた。
時には正々堂々正面から、時には背後からと手を変え品を変えて行われる不意打ちに何度泣かされたか分からない。
「して、何用じゃ?」
「...もしかして、ボケちゃった?」
「失敬な!わしはまだピンピンしとるわ!!」
「パラ爺が呼んでるってお母さんに言われたんだけど」
「何?」
怪訝な顔で話を聞いていたパラポンはたっぷりと蓄えられた顎鬚を撫でながら何かを思案し始めた。
「...様も無茶を仰る」
「パラ爺?」
「...おぉ!おぉ!!待っておったぞベリス!実は新しい特訓を思いついてな!早速やらせようと思っておったんじゃ!」
「えぇ...」
ベリスは露骨に渋い表情を見せた。
パラポンは嫌そうな態度を隠そうともしないベリスなどお構いなしに話を進める。
「今回は鎧を纏って歩く特訓じゃ!素振りの後に始めるぞ!」
「なんで鎧!?」
「身を守るために鎧は不可欠!じゃが鎧は重く慣れぬ者が着たところで重しにしかならん。その重さに慣れるための特訓じゃ!ほれ、さっさと準備せい!」
「私鎧なんて着ないよ?」
「冒険者になりたいんじゃろう?」
「...っ」
それを聞いて言葉に詰まる。
その夢は母にも話したことがない二人の秘密。そう言われるとどうにも弱い。
「お父さんもこれやったの?」
「どうじゃったかのう?もう覚えておらんわ」
「そっか。...ねぇパラ爺?」
「なんじゃ?」
「お父さんは14歳で冒険に出たんだよね?」
「うむ。懐かしいのぅ...。昨日のことのようじゃわい」
さっきは覚えてないって言ったくせに...
「私も後2年で冒険に出られるかな?」
「無理じゃな」
「即答!?」
淡い期待はすっぱりと切り捨てられた。
「彼奴は何もかもが規格外じゃった。今のお主では到底及ばぬわ」
「あぅ...」
生前の父を鍛えた張本人が言うのだからぐうの音も出ない。
「そうだよね...。お父さんすごい人だったもんね」
「そう気を落とすな!お主ならいつか冒険者になれる!」
「...っ!うん!ありがとう!」
「分かったなら早速特訓じゃ!ほれ!準備せい!」
「うん!」
「はぁっ、はぁっ...。つ、疲れたぁ」
長きにわたる特訓が終わり疲れた体を引きずるように帰路につく。
今日の特訓はとてもハードな内容だった。
特訓はいつも鉄のように重い木剣を使った素振りから始まる。
初めは重さに振り回されたものだったが今では問題なく振れるようになった。
厳しかったのは新しい特訓だ。
鎧の代わりと言って渡されたのは腰の辺りに木を編んで作られた蜂の巣のような大きな重りがついた奇妙な形の防具だった。
鎧という割には胸の辺りが軽いそれはあまりに重く立つだけでも一苦労だった。
だが、本当にきついのはここからだ。
それを着たまま頭に本を乗せて落とさないように動けというのだ。
歩いたり座ったりと動き自体は簡単なものだったが動くことすらままならない重い防具を着て本を落とさないようにしなければならないので動くことすらままならなかった。
「お父さんってすごかったんだなぁ」
記憶に残る父があんなものを着ているのを見たことがない。きっと昔は着ていたのだろう。
「ふぅ。あー、涼しい...」
日が傾き茜色に染まったファマリ村に一陣の風が吹き抜ける。
夏が終わり暑さが引いてきた夕暮れの風は激しい特訓で汗ばんだ体を心地よく冷やしてくれる。
汗を流しに湖に行きたかったが今から水浴びするのは流石に寒い。
明日の昼にでも行こうと予定を固めているとあるものが目に入る。
それはロングコートを着た男性だった。
荷物を担ぎ村を見回している男性はこの辺りでは見かけない顔だった。
お客さんかな?
男性のことをしげしげと眺めているとその視線に気付いた男性がこちらに歩み寄ってきた。
「失礼。君はこの村の住人かな?」
男は柔和な笑顔を浮かべて尋ねる。
「えっ?はい」
「この辺りにシャルステッド様のご家族が暮らしていると聞いたんだが、何か知らないかい?」
「あっ!それうちです!」
「えっ?」
いきなり見つかるとは思っていなかったのだろう。男の顔に驚きの色が浮かんだ。
「じゃあ君は...」
「はい!シャルステッドはわたしのお父さんです!」
「そうか。早速で悪いんだけど、良かったら君の家に案内してくれないか?話したいことがあるんだ」
「はい!こっちです!」
ベリスが先導すると男はその後をついてきた。
家に着いてドアをノックすると程なくしてフォルナが出迎えてくれた。
「おかえりー。遅かったじゃない」
ベリスを出迎えたフォルナの視線がその後ろにいる男に移る。
「その人は?」
「お客さんだよ!話があるんだって」
「お初にお目にかかります」
そう言うと男は一歩前に出てベリスの横に並んだ。
「私はベイアーと申します。失礼ですが、シャルステッド様の奥様でしょうか?」
「はい。フォルナです」
「今日は貴女にお話があって伺わせてもらいました。単刀直入に言います...」
「シャルステッド様が遺された剣を私に託してはもらえないでしょうか?」
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