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第二話 惜別の朝 ①
あの死闘から早くも三日が経過した。
行商人という犠牲が出てしまったが幸いなことに村人に被害はなく日常を取り戻すのは思った以上に早かった。
村は何事もなかったように立ち直り、ベリスもいつものように畑仕事を手伝っていた。
「...」
鍬で土を耕しウネを作るも心ここにあらず。ベリスの思考は昨日に取り残されたままだった。
不始末に片を付けたベリスはパラポンに先導されフォルナと村人達が避難している集会所へと向かった。
ベイアーを追うべく駆け出した後、残されたフォルナは隠し部屋を抜けてパラポンの家に向かい窮状を訴えたらしい。
それを聞き届けたパラポンがすぐさま村人に危機を伝えて村人達を集会所に避難させベリスを探しに来たという。
集会所に入ったベリスを出迎えたのは安堵の笑みを零す村人達と跳びついて来たフォルナだった。
泣きじゃくりながら自分を強く抱き締める母を優しく受け止める。
そんな母と娘の再会は...翌日まで続いた。
置いていかれたのが怖かったらしく丸一日傍を離れてくれなかったのだ。
そのせいでパラポンに話を聞くこともできずようやく一人で外出できたのが昨日だった。
パラポンの家に向かうと今回は不意打ちをすることなく待ってくれていた。
「王女殿下。ご足労痛み入ります」
あの日のように恭しく頭を下げるパラポン。ベリスが知る傍若無人で変わり者な爺さんと目の前の慇懃な老人が同一人物とはとても思えない。
「やめてよパラ爺。わたし王女なんかじゃないよ」
「誰が何と言おうと貴女様はグレスカンド王国の王女でございます」
「グレスカンド?」
「長い話になります...」
そう言うとパラポンは家の端にある棚を開けてあるものを取り出した。
それはベリスがいつも振っている素振り用の木剣だった。
「これでも振っておれ」
歯を見せ屈託のない笑顔を浮かべながら木剣を渡すパラポン。その姿はベリスのよく知る変わり者の爺さんだった。
「まずはわしのことから話そう」
外に出て素振りをしているとパラポンがぽつぽつと語り始めた。
「わしの名はパライト・オルゲン。かつてはグレスカンド王国の近衛騎士をしておった」
「えぇっ!?パラ爺そんなすごい人だったの!?」
「型が乱れておるぞ!」
「は、はいぃっ!」
慌てて姿勢を正し素振りを再開する。ちゃんとしてないと話す気はないらしい。
「お主の祖父である前陛下に仕え騎士として国を支えるべく勤めていた。じゃが、そんな日々も永遠には続かなかった」
「なんで?」
「グレスカンドは...魔王に滅ぼされた」
「っ!?じゃあお爺ちゃん達は!?」
パラポン、改めパライトは静かに首を横に振る。
物心ついた頃から家族はフォルナとシャルステッド、そして今は亡きフォルナの両親だけだった。
父方の両親に会ったことはなかったがまさか死んでいるとは思わなかった。
「魔王の軍勢から逃れた前陛下と王妃様は生まれたばかりのシャルステッド陛下を連れて逃げる途中追っ手に囲まれてしまった。その時前陛下はわしにこう命じられた。シャルステッド陛下と陛下の鎧、そして王家の剣を持って逃げよと」
「王家の剣?」
「お主が昨日使ったあれじゃ。あれはグレアリオ王家の血を引く者にしか真価を発揮できぬ剣でな。真の名が失伝した今はそう呼ばれておる」
「そんなにすごいものだったんだ...」
木剣を振りながらつい先日の死闘を思い返す。
思い出したくもない記憶だがあの剣が放っていた神々しい煌きは今も鮮明に覚えている。
「そして包囲を抜けて近くにあったこの村にシャルステッド陛下を預けた。同時にわしもここに移り住みシャルステッド陛下の成長を見守り続けたのだ」
「パラ爺が育てたんじゃないの?」
「王子様を育てるなど畏れ多くてできんわい!」
「そっかぁ!だからあんなに優しい人になれたんだね!」
「どういう意味じゃ!?」
軽口を叩いたはいいが正直そろそろ限界だ。死闘を繰り広げた昨日の今日で素振りはきつい。
「ねぇ、パラ爺」
「なんじゃ?」
「私があの剣を使えたのってお父さんの子供だからなの?」
「半分正解じゃ」
「もう半分は?」
「お主が契約者になっておったからだ」
「契約?」
「あの剣はグレアリオ王家の血を引く者が契約を結ぶことで初めて真価を発揮する。シャルステッド陛下はカヌレリアに発たれる前日に契約をお主に譲渡しあの場所に剣を封印したのだ」
「...」
これがあれば死なずに済んだのではないか。
あの時のベイアーの言葉が蘇る。
何も知らずに剣を振っていただけの自分でもあれほどの力が出せたのだ。
実戦経験も豊富な父が持てばそれこそ無敵だっただろう。
「どうして置いてっちゃったの?あれがあったらお父さんは...」
「そればかりは分からん。...さて、そろそろ限界のようじゃな」
こちらの限界を見抜いたパライトは話は終わったと言わんばかりに口を噤む。
「待って!もう1つ聞かせて!」
「1つだけじゃぞ?」
「勇胤って何?」
勇胤。
ベイアーの口から度々出てきた言葉だ。自分を見て言ったのだから自分にも関係のある言葉なのだろう。
「その言葉、どこで聞いた?」
「あの人が言ってた」
パライトは程よく蓄えられた顎鬚を撫でながら考え込むように明後日の方向に視線を向ける。
しばし沈黙した後、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「そうじゃのぅ...。そこにおる母に聞いてみるがよい」
「えっ?」
あらぬ方向を向いたパライトの視線を追うと木の陰に隠れてこちらの様子を窺っているフォルナの姿があった。
見つかったことに気付いたフォルナは隠れても無駄だと悟ったのか姿を現しこちらに向かってくる。
近づいてきたフォルナに対しパライトは恭しく一礼した。
「お久しぶりです。王妃様」
「王妃はやめてって言ってるじゃないですか」
「ぷっ!あははっ!王妃?お母さんが?あっはははは!」
「笑わなくてもいいじゃない!」
豪奢な装束に身を包み玉座に就く母の姿が脳裏を掠める。
それがあまりにも似合わなさ過ぎて思わず大笑いしてしまった。
「本当に話すんですか?まだ子供ですよ...?」
「分別のつかぬ年でもありますまい。王女殿下にも知る権利はあるかと」
ベリスに背を向けてなにやら内緒話を始める二人。
しばらく話し合った末に結論が出たのかこちらに向き直ったフォルナは咳払いをしてベリスに語りかける。
「ベリス。落ち着いて聞いてね」
「う、うん...」
普段と違う母の姿に思わず姿勢を正す。
わずかな沈黙が流れた後、フォルナは深呼吸をして衝撃の事実を吐露した。
「あなたのお父さんはね...すごく子沢山なの!!」
「えっ、えええええええっっっ!!!??」
母から告げられた真実。それはベリスの想像を遥かに越えるものだった。
「どういうこと!?わたし以外にも子供がいるの!?」
「ダメ!今はこれだけしか話せないわ!続きはもっと大人になってから聞いて!」
「いいの!?だってそれ浮気でしょ!?」
「王妃様も認めておるぞ」
「公認!?」
次から次へと押し寄せてくる新事実の洪水に理解が追いつかず頭がぐるぐると回り始める。
「今言えるのはそこまでじゃ。まぁ、冒険者になればそやつらに会えるやもしれんがな」
「...ない」
「ベリス...?」
二人から目を背けるように顔を伏せる。そしてあの夜からずっと考えていたことを絞り出すように告げた。
「冒険者にはならない。ずっとここで暮らすよ」
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