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惜別の朝 ④
「待っておったぞ」
村の広場では木剣を携えたパライトが待っていた。
言葉自体はいつもの飄々としたものだったが纏う重厚感はまるで別物。
抜き身の真剣を突きつけられているような緊張感に息苦しさを覚え冷や汗が背中を伝う。
気圧されそうになる心を奮い立たせ何も感じない風を装ってパライトに歩み寄る。
心を隠して平静を装えるようになったのも王女教育の賜物だ。
「準備運動は済んだかの?」
「うん」
「デッカグマを倒したらしいな?それほどの力があればわしなど一捻りじゃろうなぁ」
とぼけたように謙遜するパライト。
しかし、言葉とは裏腹に怖気づいた様子は見受けられない。
そんなパライトの前に立ち木剣を構えて対峙する。
ベリスが構えたのを見届けたパライトも木剣を構えた。
「これより卒業試験を始める」
「はいっ!」
「ルールは至極簡単。武器を弾くか降参させた方が勝ちじゃ。勝てば晴れて卒業。お主の旅立ちを許す。じゃが、負ければ留年。もう1年修行を積んでもらう。よいな?」
「うん。...パラ爺」
「むっ?」
「この勝負、勝たせてもらうよ...!勝って、少しでもお父さんに追いつく!」
「よう言った!その言葉、口だけで終わらすでないぞ」
パライトが啖呵を切ったところで群衆の中からフォルナが現れる。
フォルナは二人の間に割って入るように立つとベリスの方を見た。
「頑張ってね。ベリス」
「うん!」
「私が審判を務めます。異論はありませんね?」
二人は同時に頷いた。
これより先に言葉はいらない。
二人は木剣を構えたまま微動だにせず重苦しい静寂が広場を包む。
「...始めっ!!」
フォルナは右手を高々と掲げそれを勢いよく振り下ろした。
「ふんっ!」
「やぁっ!!」
二人はほぼ同時に攻撃を仕掛け木剣のぶつかり合う鈍い音が広場に響く。
一合、二合、三合...
神速の剣を修行と不意打ちで鍛えた直感と反射神経で捌いていく。
木剣を使った模擬戦でもパライトが放つ殺気は実戦そのもの。
研ぎ澄まされた鋭利な殺意は五年前に戦ったベイアーとは格が違う。
戦いの素人だったベイアーと違いこちらは百戦錬磨の老兵。
変幻自在の老獪な剣技は力任せに振るわれていた魔物の腕を遥かに凌ぐ脅威だ。
やっぱり強い...!
「ベリ姉ちゃん頑張れー!」
「いっけーー!ベリちゃーん!!」
「ちっとはわしも応援せんか!」
「パライトさんもがんばれー」
「ついでか!?」
試合が始まって五分ほどが経過。形成はパライトに傾いていた。
「さっきの威勢はどうした!?防ぐだけでは勝てぬぞ!」
無駄口を叩きつつも勢いは全く衰えない。
四方八方から繰り出される縦横無尽の剣に圧され防戦を強いられるベリス。
状況だけ見れば五年前のあの戦いと同じだが今回は王家の剣もなく相手も熟練の戦士ときている。
奇跡的な大逆転は望めないだろう。
「ふっ!」
こう着状態を回避するべくパライトの木剣を払って距離を取る。
技術も経験も劣る自分が勝っているのは力と若さしかない。
攻撃を凌いで時間を稼げば向こうの息が上がると考えていたがそう甘くないらしい。
「わしを疲れさせようとしても無駄じゃぞ」
「っ!?」
「力押しに頼らず絡め手を弄したことは褒めてやろう。じゃがこの程度で音を上げるわしではないわ!」
こちらの作戦は全てお見通しだったらしい。
老いてなお衰えを見せない老兵は切っ先を向けて静かに告げる。
「失望したぞベリス」
「えっ?」
「5年も教えを乞うておきながらこの体たらく・・。お主の父は14の時にはわしを圧倒しおったぞ」
「...」
「だんまりか。情けない奴じゃのぅ...」
パライトの意図は分かっている。
挑発して返り討ちにしようとしているのだろう。
言葉の裏にある相手の意図を読み取る能力を養えたのは王女教育のおかげだ。
あれがなければ挑発に負けて無謀な突撃を敢行していたかもしれない。
パライトは試しているのだ。
これまでに培ってきた全ての能力を。
「情けなくなんか...ないっ!!」
木剣を構え直しパライトへと突撃する。
高速で流れていく景色の中、パライトの口元がにやりと歪んだ。
一見すれば挑発に負けたように見えるだろう。
だが、そう見てもらえたなら大成功だ。
「ふっ!」
木剣を肩に担ぐように振りかぶり上段から力いっぱいに振り下ろす。
「ふんっ!大振りが過ぎるわ!」
動きから軌道を読んだパライトは体を斜めに傾けてそれを回避。がら空きとなったベリスの頭に木剣を打ち込むべく振り下ろす。
この瞬間を待っていた...!!
「むんっ!」
振り下ろした勢いのまま木剣ごと自分の体を回転させ天地を逆さにしてしばし浮遊する。
「なっ!?」
「もらった!」
狙っていた頭が急速に向きを変えたことでパライトの木剣は標的を見失い虚しく空を切る。
自分の頭が真下を向いたところで木剣から左手を放して地に手をつける。そして手を支えに逆立ちパライトの木剣めがけて右足で蹴りを放った。
「甘い!」
虚を突いた攻撃は木剣に命中。
まともに受けた衝撃で後ずさったものの木剣を取り落とすには至らなかった。
当然それも計算済みだ。
「はっ!足癖の悪い娘よのぉっ!...ぬっ?」
攻撃を凌いだパライトはあることに気付き周囲を見渡す。
ベリスがどこにもいない。
衝撃に圧されたほんの一瞬で姿を眩ませたのだろう。
そう結論付けたのかすぐに周囲を見渡し...
「そこじゃっ!!」
上を見上げて下段から剣を振り上げる。
天に昇る竜が如き必殺の一閃は何かに当たりそれを強かに打った。
だが、それが何かを理解したパライトの目が驚愕に見開かれた。
「なにぃっ!?」
パライトが斬ったもの。それはベリスが纏っていた上着だった。
ベリスが狩ってきた猪の毛皮で作られたそれはパライトの木剣に絡みつき動きを鈍らせる。
こうなってしまえば相手はもう歴戦の戦士ではない。罠にかかった獲物だ。
「勝負ありだよ。パラ爺」
切り上げた姿勢のまま固まったパライトの首筋に木剣の刃先を軽く当てる。
それを受けたパライトは上着が絡まった木剣から手を離す。
そして両手を上げて降参の意を示した。
「なるほど。上着は陽動。本命は気配を消して罠にかかるのは待っておったというわけか」
「流石パラ爺。よくわかったね」
ベリスの作戦はこうだ。
蹴りを防いだパライトの意識がわずかに逸れた瞬間に左手だけで跳び上がって空中で体勢を反転。木剣を口に咥えて上着を脱ぎパライト目掛けて放り投げたのだ。
その後はパライトが上着の陽動にかかるまで息を屈めて待っていたという次第だ。
そのために上着の下は上下共白で揃えてきた。
そのおかげで体勢を低くして息を潜めていたベリスは雪と一体化。体勢を立て直すべく急いで状況を把握しようとしたパライトはそれを見逃してしまったのだ。
「くっ、くくっ!はははははっ!!参った!わしの負けじゃ!」
「...っ!!」
パライトはベリスに歩み寄ると空いた左手を取って天高く掲げた。
勝利の栄光を讃えるために。
「勝者!ベリス!!」
フォルナが高らかに宣言すると広場は歓声に包まれ子供達を中心とした観客達が続々とベリスのもとに駆け寄ってきた。
「おめでとうベリちゃん!」
「べりお姉ちゃんすごーい!!」
「あははっ!ありがとう!」
「いやぁ、本当にすごかった!シャルステッド様を見ているようだったよ!」
「すげーよベリ姉ちゃん!速すぎて全然見えなかったぜ!」
「修行が足りん!あれくらい見えるようにならんか!」
「あははははっ!!」
皆がベリスを囲んで口々に称賛を贈る。
次々と贈られてくる暖かい声援受け取っていると輪の外にいるフォルナと目が合った。
見られていることに気付いたフォルナは笑みを浮かべて手を振ってくれた。
だが、その直前まで見せていた憂いをベリスは見逃さなかった。
「...」
この勝負は冒険者になるための旅立ちを賭けたもの。
それに勝った今、母との別れはすぐそこまで迫っていた。
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