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「あぁ、もしかしてだけど。オレを呼び出したのって西島さん?」
いつもの日常。いつもの授業。いつもの放課後。
ただいつもと違うのは下駄箱に手紙が入っており、手紙には
――大切な話があるから、放課後に校舎裏へ来て欲しい
という内容だった。
島田亮太は西日に顔をしかめて、自分を呼び出した女子――クラスメイトの西島理子を見つけて、迷惑そうな表情になり、あからさまなため息をつく。
「……はい」
小さな声で首肯する西島は、幸か不幸か逆光のせいで島田の顔を見ていない。制服を着崩している島田とはちがい、きっちりと制服を着こんでいる西島は、顔を俯かせて苦しげに胸のあたりのリボンを掴み、緊張していることを全身で訴えていた。
抱え込んだ感情を持て余して、いまにも爆発しそうな姿。
クラスのカースト上位にいる女子なら、島田は彼女の苦し気な様子を歓迎していただろうが、あいにくと西島は名前程度しか記憶に残らない地味目な少女。つまり自分より格下だ。
「へぇ」
こんなヤツが、オレに告白しようって言うの?
島田は自分がクラスの上位ではないものの、中の上であることを認識している。顔が冴えない、親が金持ちじゃない、そんな自分が上位に入ることはまずありえない。
だとしたら勉強を頑張り、周囲に優しく愛想よく、なおかつ少々やんちゃをする男らしさを感じさせるような――そんなキャラを演じて学校生活を円滑に送っていた。
しかし、その弊害が自分の眼の前にいる。
――島田くんは優しいから、自分の告白を受け入れてくれるはず。
そんな心の声が聞こえた気がして、不快指数が一気に跳ね上がるのを感じた。
「勘違いするなよ! お前みたいなブスの恋人になれってか? 冗談も休み休み言えよぉっ!」
――どんっ!
と、西島を突き飛ばして、彼女の顏めがけて唾を吐く。
無様に尻もちをついた西島は、茫然とした表情で島田を見上げて、信じられないものを見るような眼でクラスメイトを見た。
「ちがう、はなしをきいて……」
「ハッ! 誰がお前の話なんて聞くかよ! あーあ、時間を無駄にしたぁ。お前のせいでバイトのシフト一本潰したんだぜ? だいたい金額にすると5000円かなぁ、どうしてくれるんだオレの5000円。当然保証してくれるだろうなぁ! あぁんっ!!!」
西島のおどおどした態度がしゃくに障った。残酷な気持ちがわき上がり、彼女を傷つけたい、無理やり言うことを聞かせたい衝動が無限大に膨らんでいく。怒りが止まらない。止められない。止める気もない。
「どうしてお前なんかがオレを好きになったんだよ、気色悪いな! 消しゴムを拾ってやったことか? それともノートを貸してやったことか? クラスのグループlineの設定をかわりにしてやったことかっ?」
西島にしたかどうかは定かではないが、名前しか覚えていないクラスメイトに施してやった善行。その結果が自分の価値を落とすブスなんて認めない。
――お前みたいな惨めな存在に、時間をさいてやっただけ有難く思え!
「そんな、ひどい、ひどい……」
とうとう西島は、へたりこんだままその場で泣き出した。
まるでお前が悪い。と言わんばかりの態度に、島田の血管が切れそうになる。
「ふざけんな! 泣くなよ! ったく、めんどくさいなぁ。今日のことは絶対に誰にも言うなよ。万が一、お前が誰かに今日の告白を相談したとしても、結局告白しませんでした。行きませんでしたって言え! クラスでは優しいキャラで通っているんだから、オレのキャラを壊そうとするなら、お前ん家を放火するからなっ!!! あと、慰謝料の一万円も忘れんなよっ!!!!」
リボンごと胸倉をつかみ、無理やり立たせて恫喝する。
あまりのひどい内容に、西島は口をパクパクさせてなすすべもなく立ち尽くした。その時だった。
「――ストープっ!!!」
大声とともに物陰からクラスの女子たちが現れた。
そのうちの何人かが手にスマフォを構えているのが見えて、島田は怒りで赤くなった顔を青くさせる。
女子に見られた。
動画を撮られた。
絶体絶命の最悪な事態に、頭の中が真っ白になる。
「ちょっ、ちょっと待て。誤解だ! 誤解ぃっ!!!」
西島に駆け寄る女子たちへ島田はあわてて弁解するものの、彼女たちの眼が冷ややかだ。まるで汚物のように島田を見て、かわいそうな西島に対して壊れ物を扱うように労わりに満ちた言葉をかけて慰める。
きれいなハンカチを取り出して、顔を濡らす涙と島田が顔につけた唾を拭い、ぐちゃぐちゃになったリボンを結び直して、土で汚れたスカートをパンパンたたく素晴らしい連携感。が、それが余計に、島田の苛立ちに拍車をかける。
どうして、なんで、いつもスマフォを弄っているような、あんな根暗女の味方をするのだろう。自分が気分を良くする施しにしては、彼女たちの瞳が真っすぐで島田は理解をすることができない。
「見事な【告白】をしてくれた島田君。君は勘違いしているようだけど、別に理子ちゃんは愛の告白をしに来たんじゃないわ。どうしてそんな勘違いをしたのかしら?」
「えっ……」
クラスで上位の女子である倉石亜美が、怒り心頭で島田に対峙した。
「彼女は、あなたを助けようとしたのよ。今ならまだ間に合うとおもうからって……あぁ、ちなみにどういった内容かは知らないわ。私たちがこの場にいるのはタダのお節介よ。どんなに善人ぶっていても、逆境に立たされたら逆切れする可能性があるからね。まぁ、あまりのことに助けるのが出遅れたんだけど」
当然と言った態度でその場を仕切る倉石は、いつの間にか隣にいる西島からスマフォを渡された。
どうやらそのスマフォに、西島が伝えようとしたことが入っているらしい。
スマフォに映される島田のバイト先――ファーストフード店の映像。
黄色い制服を着た島田が一人になった瞬間だった。
周囲をうかがう素振りを見せた後、島田はキッチンの方に手を伸ばす。
ポテトのフライヤーに突っ込まれる生ごみ。
バニラシェイクに吐き出される唾。
氷をわざと床に落として、そしらぬ顔で拾い上げてジュースに戻して、そして――。
「――っ!!!!」
島田は叫んだ。
身内だけで楽しむはずの動画を、なぜ西島がっ。
「あーあ、ネットに拡散され始めているわね。はやく親に【告白】して、バイト先の店長に【告白】して、警察に行って【告白】したらぁ? あ、それと、あなたが理子ちゃんに暴行した動画も拡散させてもらうから」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!」
どこで間違えたのだろう。
いつもの日常。いつもの授業。いつもの放課後だったのに。
いつも通りに優しく接しなかっただけで、こんなことになるなんて。
【了】
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