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翌日、曽根は5階のフロアに顔を出し、人事部長室のドアをノックする。
「どうぞ」
「しつれーしまーす」
間延びした声で入ってきた小柄な男に、天海の目が瞬いた。
「あら、めずらしいわね。セキュリティシステム対策室の曽根室長がくるなんて」
そして、わざとらしく眉をひそめる。
「なにかしら? もしかしてこのフロアのだれかが、機密事項のデータ抽出とか、不審なアクセスでもした?」
「何もありませんよ」
天海にからかわれているのが分かり、曽根も大げさな溜息を吐いた。
「やめてくださいよ。僕が来ただけで嫌そうな顔をするのは。もう、そうやってシステム室の連中を理由もなく嫌悪して疎外するんだから……知ってます? 僕たちSEの未婚率。社内でダントツです」
「それは、それは。じゃあ、どう? わたしなんかは? だれかと付き合ってみようか?」
今度は冗談抜きで、曽根の顔が引き攣った。
「それだけは、ヤメてください。天海部長と付き合ってるなんて、あの人の耳に入ったら、本当に後ろから斬られそう。お願いですから誘惑とかしないでくださいよ。ただでさえ女性に免疫のない連中なんですから、すぐホイホイついていきそう……」
「20代かぁ。年の差婚もいいわねえ」
「いや、だから、本当に勘弁してください。こっちはいつもカツカツで、ひとりでも欠けたら即地獄なんですから……あ、そうそう、地獄といえば」
話しを変える目的もあって、ようやく曽根は本題に入った。
「秘書室の緒方くんのことなんですけどね……」
それから30分ほど話しをして、曽根は部長室を出た。
その顔は、おおむね満足している。
「まあ、あとは上層部の判断だけど、天海部長なら悪いようにはしないだろう」
そして、まもなく新年度を迎えようとしていた社内に、激震が走る。
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人事異動社内通知書
4月1日付 発令
この度、以下の社員の人事異動が、
発令されました。
宮本 優一
吉川 幸貴
緒方 佳樹
海外事業部へ異動を命じる。
及び、
アメリカ現地法人設立プロジェクトチームへの
召集を命じる。
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