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「そんなバカな……イヤだああぁァァ!!」
宮本の悲痛な叫びが、オフィスに響く。
「なんで、僕?! なんで、アメリカ?! 無理無理ムリムリ、だって僕、東京生まれの東京育ち、旅行以外で関東を出たことないんだからあ~」
「しょうがないじゃないですか。もう決定したことですから」
辞令通知書を両手でくしゃりとさせた宮本は、美織に訴える。
「これ、やっぱり何かの間違いじゃないかな。僕以外にも、宮本優一って同姓同名がいるんじゃ……なんとなく、よくある名前のような気がしてきた。そうだ、きっとそうだ。よし、社員のデータベースで検索を!」
「いないわよ。本当にもう、往生際が悪いんだから」
オフィスに入ってきた天海は、「宮本くんの絶叫が外まで聞こえてた」と笑う。
その後ろからは、
「宮本さん、アメリカでは仲良くしましょうね」
なぜか吉川の姿があり、12階のオフィスをグルリと見回している。
「備品庫オフィスも雰囲気があって良かったけど、やっぱりこっちの方が窓があって明るいな」
その窓辺に立ったのは天海だ。
「オフィスの引っ越しとか延長とか、いろいろあったけど、チームもこれで完全解散ね。宮本くんはアメリカ、わたしは人事部、篠原さんは営業本部だもんね。なんだか名残惜しいわ。ほら、宮本くん、しばらくは都内の景色も見納めだから、心ゆくまでよ~く見ておきなさい」
「イヤだああァァ!! なんとかして、天海さぁぁーん」
天海にすがり付く宮本を見て噴き出した美織は、となりに立つ吉川を見上げる。
「おめでとう。あこがれの海外事業部じゃない。幸貴がエリート集団の仲間入りかぁ」
「ありがとう。でも、いきなりのアメリカ行きは、俺も想定してなかった。もうひとつ言えば、なんでチームのメンバーが緒方くんなのかな。俺としては、篠原が良かった。まぁ、それはあっちも同じ気持ちなんだろうけど。なんで吉川なんだって、あの忠犬くんは絶対思ってるな」
「また、そんな言い方して……緒方くんは優秀だよ。このまま秘書室にいるより、絶対にいいと思う。それに前から、幸貴に付いて営業のノウハウを教えてもらったらいいのになあって思ってたの」
「よく言うよ。俺より営業成績の良い、篠原サン。営業本部長がお待ちかねです。俺との引き継ぎがてら話がしたいんだと。そんなわけで、直々にお迎えに上がりました」
吉川が顔を出した理由が判明した。
「そういうことか。じゃあ、直々に案内されようかな」
「腕でも組んで行くか」
「冗談言ってないで、早く行くわよ」
「篠原は相変わらず、俺に冷たいねえ」
「寂しさの裏返しなんだけどな。幸貴は相変わらず、表面的な言葉しか受け取れないんだねえ。ああ、残念」
吉川の口がポカンと開いた。
「……篠原、残念って? ちょっと待て。寂しいって本当か? それ、どのくらい?」
動揺する吉川を無視した美織は、天海に声をかける。
「すみません、天海さん。ちょっと営業本部に行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
「おい、篠原、だからさ、寂しいっていうのは……」
美織を追いかけていく吉川を見て、天海は苦笑いを浮かべた。
「篠原さんも、けっこう男を翻弄するタイプね」
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