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緒方くんが壊れた夜
後輩の緒方佳樹が壊れた夜は――
ホテルの最上階から見る夜景が、とても綺麗だった。
大手電機メーカーに勤める篠原美織は、グループ企業の新会社設立を祝うパーティーに、同期の吉川幸貴と出席していた。
滞りなくパーティーが終わったあと、
「おつかれさま」
「おつかれさん」
ふたりはパーティー会場から最上階のラウンジに移動し、夜景が見えるバーカウンターでカクテルグラスを傾けていた――はずなのに。
背後から突然現れた後輩の緒方は「ふざけるな」と怒りを露わにして、問答無用で美織の腕をとった。
そのままVIP専用の廊下を脇目も振らず進んでいく緒方に、何度か声をかけてみるが完全無視される。
教育係だった自分よりも、遥かにはやく昇進してしまった後輩は、結局、一度も振り向くことなく、ひとことも口をひらくことなく、美織をエグゼクティブルームに押し込み、扉を閉めた。
その横暴さに、「ちょっと、緒方くん! 何なのよ、いい加減にして」さすがに声を荒げた美織だったが、
「いい加減にして欲しいのは、こっちだ」
ようやくこちらを向いた男の表情があまりに険しくて……
ちょっと、怖いんだけど。
戦意喪失。
目の前の男は、本当に自分が知っている後輩だろうか。
「俺がこんなに好きだって言っているのに、なんで吉川さんなんですか。あの人にあって俺に無いものって何? 教えてよ、篠原さん」
緒方の迫力に気圧されるまま、どんどん後退してしまった美織は、気がつけば寝台に追いつめられ、仰向けに押し倒されていた。
背中に感じるのは、シワひとつなく完璧にベッドメイキングされたシーツの感触。
「本当に、いい加減にしてくださいよ。俺はそんなに優しくないから」
グループ企業全体で、今もっとも期待されている若手のエース社員。
新会社の『経営戦略本部・課長』に就任したばかりの男が、美織に覆いかぶさってくる。
「今夜は絶対に逃さない」
彼はいま、まちがいなくブチ切れていた。
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