私の至福の時間

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 私、原田ちかは高校一年生だ。自分で言うのもなんだが、いわゆる陽キャの人間で、まさにキラキラのJKである。  最近は、大人気韓国アイドルのジュンくんを推してて、休日は友達とカフェ巡り。体育祭はうちわを作って可愛い髪型をして、クラスの全員と写真を撮った。先生にも気に入られてて、クラスの中心人物なのだと思う。  「うぇーい、ちか、はよ〜」  「おぉ、おはよ。え、今日の髪型可愛いじゃん。どしたの?」  「今日は彼氏とデート」  「最高じゃん。ストーリーあげていい?」  「もちろん、可愛く撮ってよね」  「まかせな」  なんて言って、私はSNSを開き可愛いフィルターをつけて友人の写真を撮って、それをストーリーにあげる。  今の子っぽいでしょ?  が!!本当の私は、そんなんじゃないんです!!  中学までは毎日アニメにゲーム、友達なんて片手で数えられるくらいしかいない。一年経っても名前を覚えてくれなかった先生もいたくらい目立たない中学生活を送っていた。  なのに、美容学校に受かったお姉ちゃんが私を練習台にしたり、お母さんが韓国アイドルにどハマりしてしまったせいで気づいたら今時JKになってしまっていたんです…  最初は友達が出来たのが嬉しくて、みんなに話を合わせてたらいつの間にかこんな感じになってしまったんです。まぁ、実際みんなチャラいけどいい子達だし…  けど、変わってしまった私でも譲れない趣味が一つだけある。それは五年前から見続けているアニメの鑑賞だ。  最近は漫画やアニメを見たり読んだりする人も増えたが、未だに深夜帯にやっているアニメや認知度が低いアニメを見ていると言うとアニメオタクだと言われてしまう。昔は言われたって別に良かった。実際そうだし。ただ、今の私にそのイメージがついてしまったらどうなるのか私にはわからなかった。だからすごく怖くて、そのことを隠していた。  でも、これは私の至福の時間だ。やめるわけにはいかない。私の一番好きなアニメは日曜日の深夜にやっているため、月曜日の放課後しか見る時間がない。だから続きが気になって気になって、月曜日は毎週ソワソワしていた。  だが、ここ最近事情が変わった。  いつも仲良くしている友達たちが、お昼休みに用事ができたのだ。  りこちゃんは、最近は彼氏とお昼を食べているし、さやかちゃんは、部活の昼練があるため月水金はいない。それで、りのちゃんと二人きりになることが多かったが、月曜日に文化祭実行委員の打ち合わせが入るらしい。  これは非常にチャンスだった。  いつもは仕方なく家に帰ってから観ていたアニメを、昼には観れるというのはものすごく嬉しいことだった。  「ちか〜、がちでごめんね!明日は一緒にお昼食べよ!」  「うん!委員会がんばれ!」  なんて、私はりのちゃんに向かってグーサインを向けた。そして、彼女が教室を立ち去ったのを確認すると、お弁当箱とイヤホンを取り出した。  それから、月曜日に聞くお昼開始のチャイムは、至福を知らせる合図になった。  学校でアニメを見始めてから五話目の今日。  なんと、五年続いたこのアニメは、完結を迎えようとしていた。  主人公がヒロインに告白しようとする場面から始まったこのアニメ。告白の言葉は今まで多くの人に考察されている。もちろん、私もその一人だ。とうとうこの最終話でその言葉が明かされるのだ。  この最終話が私にとってどれほど重要なものか。  私はいつも通り、お弁当を取り出しイヤホンを装着した。しかし、その瞬間。  「原田、これ体育の先生に持っていって」  と担任に言われた。  「はーい、あとで行きます」  「あとでじゃダメだ。いつもこのクラスは持ってくるのが遅いって前に言われたんだから」  「えーーー」  「今日はお前の担当日だろ。ほらっ」  予想外の出来事により、いつもよりも時間がなくなってしまった。だが、お昼が終わるまであと25分。アニメを見終わるには十分だった。  いや、十分の、はずだった…  最後のセリフの直前でチャイムが鳴ってしまったのだった…  次の休み時間がくるまで約一時間。  私に待てるはずがなかった。五年間ずっとずっと気になっていた最終話をやっと見れるというのだ。出来ることなら一秒でも早く結末を見たい。  私は、どうにかして授業中に最後のシーンを見る方法を考えた。  次の授業は、日本史だ。この先生は内職と睡眠は許すのに、スマホと雑談ダメという独特なルールを掲げている。普段は穏やかで優しいおじいちゃんなのに、以前ゲームをしていたのがバレた男の子がどれだけ怒られたか…  私はそのリスクも背負いながらも、アニメを見る方法を必死に考えた。  日本史そっちのけで私が考えた方法をこの四つだ。  ①諦める  ②音を出して見る  ③トイレに行くと言って外で見る  ④イヤホンをして自席で見る  案として出しはしたが、①だけはない。絶対。もうここまで来たら私は引き返さない。私は、意外に頑固な性格なのだ。    となると、②に行きたいところだが、この授業は先生が一方的に講義するタイプの授業。この静まった空気の中ではほんの少し音を出しただけでも注目の的だ。  しかし、③はこの前クラスメイトの鈴木くんが数学の授業でやって以来、手を上げるたびに先生に「どうした?トイレか?」と言われているのを知っている。キャラが違うからそんなことは言われないとわかっていても、前例があるのでさすがに出来ない。  となると④しかない。ただ、最悪なことに今日に限ってワイヤレスイヤホンの充電が今朝から切れているのだ。となると、普通のイヤホンか…  どうしよう…  と考えいたその時、先生がプリントを忘れたらしく、教室を出て言ったのだ。  これはまたとないチャンスだった!!  神様すらも味方してくれているように感じて、私は小さくガッツポーズをとった。  私はカバンからイヤホンを取り出し、一応制服の袖に隠すように通してから耳にセットした。そして、アプリを起動させ続きを再生しようとした  その瞬間  後ろの席の男子二人が、急に話し始めたのだ。  「なぁ、あの最終回見た?」  「ん?あー、お前がハマってるアニメ?」  「そうそう。あの最後のセリフ痺れたよな」       「いや、俺結局途中でやめたんだよね。母ちゃんに間違えて録画消されてからなんか見る気失せちゃって」  「なんだよ、もったいないな」  私は耳を大きくしたようなつもりで話を聞いていた。クラスで私以外にもこのアニメを見ていた人がいたなんて!そうなんです、傑作なんですよ!本当に!私は彼らの話を盗み聞きしながら、こくこくと心の中で頷いた。  そうしてしばらく話を聞いていると、途中で観るのをやめた方の彼が恐ろしい事を口にしたのだ。  「で、結局最後どうなったの?」  私はその言葉を聞いた瞬間ものすごく焦った。それは決して聞いてはいけない質問だ。物語というのは人から聞くのではなく、自分で作者の言葉や意図を汲み取るから面白いのだ。持論ではあるが、他人によって色が加えられたものなど本来の良さが消えてしまうと思う。  なにより、五年間追い続けて、毎日のように考えていた結末をこんな形で知るなんて耐えられなかった。  私の五年間をなんだと思ってるんだ!  「あー、それ知りたい?」  知りたくない!私はまだ知りたくないの!!  私は脳みそをフル回転させて考えた。どうしたら止められる?どうしたら聞かずに済む?そんなことを考えている間にも彼らの会話は進んでいく。  「実はさ、主人公が」  その言葉に私は感情が抑えられず、思わず  「やめてーーーー!!!」  と席から立ち上がり、叫んでしまった。静けさの中で、私の声の余韻だけがクラスに響く。クラスメイトの視線が一瞬にして私の元に集まり、さっきまでの昂っていた感情が、一気に凍りついたようになった。  やってしまった…    そして、そのタイミングで先生が帰ってきてしまった。  「原田、どうした立ち上がって。トイレか?」  私は「なんでもないです…」と小さく口にして、席に座り直した。  最っ悪な一日だ…  もう怖くて周りも見れなかった。この授業は今まで受けた授業の中で一番長く感じた。  授業の後、友人たちは「夢でも見てたの?」なんて笑いながら言ってくれた。もうどうでも良くなった私は友達に全てを話した。彼女たちは、「へぇー、アニメ好きだったんだ!そのアニメそんなに面白いなら私らも見てもよっかな!」と言ってくれた。  本当の私を曝け出しても交友関係が崩れなかったことはすごく嬉しかった。だけど、この事件はこの先もいじられそうだ。  ちなみにあれほど楽しみにしていたアニメの最終話は私が一番初めに予想した通りの言葉だった。それが原因なのかわからないが、私はなんとも言えない気持ちになって、その日は早く寝床についた。  次の日。私は昨日の反省を生かして余計なことはせず、これからは静かに真面目に授業受けることに決めた。  やっぱり授業中は静かな方がいいな      
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!