富豪になりたい

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 それは先月のことだ。 馴染の常連客、女子大生のグループに交じって、彼女は話に花を咲かせていた。 その女子大生たちはこぞってレイさんのファンで、手の空く時間を狙って、カウンター席を陣取るのが常だった。 女性が女性に惚れ込むような、紳士的な澄ました笑みを浮かべて、彼女は俺が淹れた珈琲を差し出していた。 「うわぁ、今日はチーズケーキですか?」 砂糖の代わりに、お茶請けとして一口大のケーキを据え置くのはレイさんの遊び心だ。 珈琲だけを注文する常連客に向けて始めたサービスだった。 「さて、どうでしょうか?」 それはチーズケーキではなく、白餡を使った和洋菓子だ。 原価の高いクリームチーズを抑えて生クリームに餡を練り込んだもの。 当人が言うにはプロの域でないと謙遜を口にするが、外注しているケーキよりも俄然好評で、今ではそれを目当てに昼食後に珈琲だけを飲みに来る客足が増えていた。 バリスタの域とシェフの域が違うように、パティシエの域と、シェフの域もまた違う。 レイさんが熱心に勉強して、試作を重ねていることも俺は知っていた。 「ねぇ、レイさんには、付き合っている彼氏さんとかいるんですか?」 女性客の一人が猫なで声で、彼女の袖を引いた。 「残念ながら、私がモテるのは可愛い子限定だもの」 レイさんは肩を竦めて、意味深な笑みを口端に浮かべる。 こうした仕草でレイさんは女性客を虜にしていく。 女性版のホストだと、彼女の営業力には感心せざるを得ない。 「ふふっ、嘘ばっかり」 「そうそう、この前、うちの大学の男の子に告られていたでしょう?」 実のところ、そんなことはこれまでにも何度かあった。 彼女らが言うには、その男子大学生の慰め会とやらをやったのだとか。 「ごめんね、学生(金のない男)に興味ないの。待望は玉の輿だから」 玉の輿はレイさんの謳い文句で、日頃から、群がって来る男性をその言葉で一蹴していた。 「お金なの?」 「そ。だって、愛は当然じゃない?」 キョトンと小首を傾げるレイさんに、女性客は『確かに』と、どっと笑っていた。  男にとってレイさんは高嶺の花。 こんなものにでも縋らねば、俺なんかに望みはまるでない。 もしも、これが当たるような幸運を俺が手にしていると言うのなら、少しは望みを抱けるのかもしれないと、気づけばダメ元で手を伸ばしていた一枚だったのだ。 まぁ、当たる筈はないだろうし、一種の気の迷いみたいなものだ。 それでもどれどれと、当選番号を携帯画面で確認する。 「ん?」 まさかな。 番号を拡大させ、一つ一つ慎重に確認する。 1938……――。 「……当たった」 たった一枚、夢を買うつもりで買った宝くじが当選を果たす。 しかもその額は、何度数えても桁違いではなく一億円だった。
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