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良い案を考えると言ってはみたものの、打開策になるような案など思いつかないまま日が過ぎていく。ううう、今日も寒いな。相変わらず冬の東京は俺に容赦しない。珈琲屋月と宝石に着くと、景子さんが厨房に立っていて石臼で珈琲豆を挽いている。今正に景子さんは、珈琲と向き合っている。屋内は安心する珈琲の香りが仄かに漂い温かかった。
日が暮れるか暮れないかという時分に、招かれざる客人が珈琲屋月と宝石を訪れた。
「どうもどうも。初めまして店主。私、カリー倫敦を経営しております、城島と申します。以後お見知りおきを」
陽気な声で薄ら笑いを顔に張りつけている。俺を見て店主と言っているが、俺は店主ではない。後ろの厨房に目を向けると、景子さんは珈琲の雫を珈琲専用の器(カップ)──白磁に落としている最中だ。俺は客人を空いている食卓席に案内した。
「あの、店主は厨房で珈琲を淹れています」
後ろの厨房に立っているのが、店主の三笠景子であると話すと「ああ。そうでしたか、これは失礼を」と笑顔を振りまく。
カリー店の経営者が珈琲屋月と宝石にやって来たのだ。洋装をきちんと着こなした丸眼鏡の長身の中年男。気になるのが、さっきから愛想のいい笑みを顔に張りつけているのがバレバレということだ。
「珈琲を」
彼は迷うことなく珈琲を注文した。
「かしこまりました」
厨房に向かおうとすると「あれ? 灰皿は?」城島さんは紙巻きタバコとマッチを手にして、辺りを見回していた。
「すいません、当店は全席禁煙なんです」
俺が説明すると、城島さんは眉を吊り上げて不機嫌になった。
「珈琲と煙草は、切っても切り離せないだろう?」
一理ある。東京の珈琲店では煙草が吸えるのだ。
「よそはよそ。うちはうちです。当店は全席禁煙なんです」
この時代の飲食店では、どこの店も煙草が吸える。珈琲と煙草があるところには、必ず人がいる。けれど珈琲屋月と宝石は違う。珈琲の香りと店の雰囲気を大切にしたいという景子さんの意向だ。
「あ、そ」
とりあえずは納得したという所だろうか。城島さんは顎先を指で撫でる。
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