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――え?
「毎日お前の机に、花瓶が乗ってるじゃねぇか」
ああ、そうか。
「しかも毎日新しい花入れ替えて……陰湿だろ」
世界は静寂に包まれた。
「お前の話題出すと、みんな明らかに冷めた目っていうか、引いたような目して」
今この狭い世界には。
「お前のことには触れちゃいけねぇっていうか」
私と――いや違う。
「これじゃあ、お前が死んだ……みたいな感じになってるだろ」
もとから彼しかいないんだっけ。
「担任にも言ったけど、聞く耳持たねぇし。そのうち収まるだろうって」
「……あはは、先生に言ったの? 大げさだなぁ」
核心を突かれた私の喉からは、乾いた笑い声しか出なかった。本当、大げさだよ。普段の食生活がたたったのか、ある日突然死んだんだから。それを聞いたら君は笑ってくれる? 「やっぱり俺の弁当を毎日食べていれば良かったんだ」って呆れてくれる? それとも怒ってくれる?
「大げさで済むことじゃねぇだろ」
「本当だよ、だっていじめられてるわけじゃないし」
「それにしても質が悪すぎる」
強面くんはいつになく鋭い目つきで、私を真っ直ぐ見た。
平常心を保て、声色を変えるな、表情を変えるな、堪らえろ、抑えろ、絶対にバレちゃいけない。
それは、君が私にもうお弁当を作ってこなくなるとか、そういう私情があるとかじゃなくて。
君が壊れてしまいそうで、心配でたまらないからだ。
「お弁当のことといい、花瓶のことといい、心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから」
ちゃんと笑えているかは分からないけど、今できる最善の笑みを強面くんに向ける。
顔をしかめている君に言いたい。先生の言う通り、いつか収まると思うんだ。毎日新しいお花を飾ってくれる優しいクラスメイト達もきっと、そのうちお花を飾り忘れて、飾ることをやめて、机は撤去されて、私の存在なんてなかったかのように日々を過ごすんだ。
君だけだよ、強面くん。私が存在していると思って、話しかけてお弁当を作ってくれるのは。毎日作ってくれる手作りのお弁当、その中にはハート型の卵焼き、一緒にお昼ご飯を食べる君の姿。存在が存在だからか、浮かれすぎているのかもしれない。
でも、こんな形で君の思いを、優しさを知りたくはなかった。
「シリアスな感じになったから言い出せなかったけど、トイレ行きたいから先に教室戻っててくれる?」
「……そう言って、授業サボる気じゃないだろうな」
「失礼だなぁ。おかんに見張られてるんだから、ちゃんと授業は受けるよ」
「だから俺はおかんじゃねぇって!」
そうだねぇと軽く受け流す私に、「とりあえず何かされたら俺に言えよ」と呆れ気味に強面くんは言った。この様子だと、私がいじめられているわけではないと判断したようだ。
「明日は保温容器にグラタン作って入れてくるから、ちゃんと食えよ」
その力強く微笑んだ顔から、グラタンが得意料理であることと、「食べるまで諦めない」という強い意思が読み取れた。
「うん、期待しておく」
私がそう言うと、強面くんは満足そうな表情を浮かべて教室をあとにした。
もう、消えられないじゃんか。毎日私のためにお弁当を作ってくれることが嬉しくて。私も強面くんも、クラスメイトも先生も、誰も得しないのに。
はーあ。ありもしない涙が浮かんでくる。
「こんなことなら君のお弁当、口にすれば良かったな」
震えた声が誰もいない空間に消えていく。
もう、嫌になっちゃうな。この声も涙も、存在しないんだから。涙なんて出ないのにね。
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