まあ、口にはしないけど。

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まあ、口にはしないけど。

 世界は静寂に包まれた。  今この狭い世界には、私と彼しかいない。  「お前、いつか本当に死ぬぞ」  強面男子くんは怪訝そうな顔で私にそう忠告した。お心遣い痛み入ります、と感謝を込めて私はにこやかに答える。  「別に私が死んだところで、君には関係ないと思うけど」  「冷たっ! こんなに心配してるのに……菓子ばっか食ってるからカリカリしてんじゃねぇの」  「はあ?」と思わず言いたくなったところを、よくぞ我慢しました自分! 拍手で称えたい。  馬鹿にしてるつもりはないんだろうけど、鼻につく言い方。私が棘の刺さりそうな笑みを向けると、「おおー怖い怖い」と、今度こそ馬鹿にするような口調で強面男子くん(以下、長いので今後は「強面くん」と呼ぼう。)は笑った。  「そんな栄養失調で倒れそうなお前には、俺の手作り弁当を授けよう。昼飯に食べるといい」  「結構でーす」  「なんて失礼な……」  強面くんは料理部の部長であり、彼の作るお弁当は、いつも色鮮やかで見た目が綺麗だ。紅が目立つカニさんウインナー、緑が()えるほうれん草のおひたし、黄を主張するハート形の卵焼き。ご飯は紫のゆかり、ここにも彩りが。  そのうち、お弁当の中に虹でもできそう――あ、青は無理か。とにかく手間がかかってるなと思う。作り手の想いがヒシヒシ伝わってくる。  しかし女子が9割を占めるこの部活で、よく部長になれたよなぁ。  この見た目で、と馬鹿にしたり驚いたりする人もいたが、私は素直に凄いと思う。それはきっと、強面くんの人柄が良かったり、彼自身の努力で上り詰めた結果なんだろうなぁとも思う。  まあ――口にはしないでおこう。調子乗りそうだし。  「風のうわさには聞いてたんだよ。朝昼晩、菓子で主食を済ませてるやつがいるって。実際同じクラスになって驚いたよ、本当にいるってのが」  「実在してまーす」  「開き直んじゃねぇ。それで、料理部としては見過ごせないと思ってな。身体を壊すとかそういう面も心配だが、世の中には美味い飯がたくさんあるのに、それに気付けないってのも勿体ないだろ?」  だから手始めに俺の弁当を食べてもらいたいと思って、そう言いながら、お手製のお弁当を頬張る強面くん。手始めに手作りお弁当食べるってハードル高くない?  「前から聞こうと思ってたんだが……何でお前はいつも菓子や菓子パンで飯を済まそうとするんだ。人間の飯に必要とされてるものが圧倒的に足りてないだろ。こう……野菜とか何か色々」  「大雑把だねぇ」  「うっせぇ、勉強中なんだよ」  5大栄養素は小学生で習うけどね。逆上しそうだから言わないでおこう。  「ご飯をお菓子やパンにする理由……か。給食が美味しくなかったからかなぁ」  「俺の弁当は美味いぞ」  自画自賛。しかも食い気味に。  「いつも一人で食べてたし。一人で食べるご飯って美味しくないじゃない?」  「今は俺がいるだろ」  わお、大胆な発言。  「あと、ご飯って作るのも食べるのも、後片付けにも時間がかかるじゃない。そこで手間暇かけるくらいなら、菓子パンでサクッと済ませたい」  「うわー現代人の発想だなー」  そういう君も現代人だと私は認識しているけど。  「別に菓子や菓子パンを否定するわけじゃないんだ。俺だって面倒な時は菓子パンに頼るし、菓子だってよく食べる。でも、毎日……それも3食全部ってのが問題なんだ。ちゃんと栄養取ってない人は骨折しやすいって聞いたことがある。さっきも言ったが、いつか本当に身体を壊しちまいそうで心配なんだ」  真摯な瞳で訴えかけてくる君の姿に、私は何だか泣きそうになった。そう思ってるだけで、涙なんて出ないのにね。非情だって笑われるかもしれない。  「……君は、優しいね。毎日毎日、お弁当を作るだけでも大変なのに、私の分まで作って。それで私が食べないことに文句を言いつつも、次の日もまた作って。普通の人なら呆れるのに、君は違う。優しい、優しすぎるよ、口は悪いし見た目も怖いけど」  「おい、ひと……二言くらい多いぞ」  おかんみたいに優しくて、お世話を焼いてくれるから、だからみんな慕ってくれるし、部長になれたんだよね。  誤解されやすい見た目だけど、情が深い。ああ、私は君の、そういうところが。  ――思わず、うっかり、口にしてしまいそうだった。  「本当に心配してくれてるんだね。ありがとう」  「お、やけに素直だな? この調子で弁当も食べてくれると嬉しいんだが……」  「それとこれとは話が別かなぁ」  「いや絶対別じゃねぇだろ」  いつの間にか自分のお弁当をたいらげた強面くんは、「どうせ今日も食わねぇんだろ」と言いながら、私の分のお弁当にも手を付け出した。  それは別に、野菜が嫌いだとか、誰かの作ったものが食べれないとか、病気療養中だからとか、そういうわけじゃない。  きっとこのお弁当を食べたら私は。食べようとしてしまったら私は――。  「あ」  頭上で予鈴が鳴り響く。  お昼休みが終わりを告げる。  「休みってのはあっという間だよなぁ」  名残惜しそうに言い、強面くんはいつの間にか空っぽになったお弁当箱2つを片付け始めた。嘆きとも取れるその言葉は、次の授業の憂鬱さを示している。  「次の授業が面倒なら、この教室に居ようよ」  「一緒にサボろうってか。ゴメンだね。俺はそこまで不良になれないんで」  「……君って見た目のわりに意外と真面目だよね」  「そういうお前は、見た目優等生のわりに意外とやるよな。いいから早く教室戻るぞ。授業に遅れる」  ここでもおかん性質が表れるのか。やっぱり変わらないね、君は。クスッと笑う私を横目に、強面くんはどこか気まずそうな雰囲気を漂わせながら「そういえばさ」と切り出した。  「聞いておきたいことがあるんだ」  「何でしょう」  「言いづらいし聞きづらいから、あんま口にしない方が良いのかなって思ってたんだけど」  「何を今更。お弁当食べさせようとしてるおかんのくせに、らしくないよ」  「俺はおかんじゃねぇ!」  「シリアスな状況醸し出しちゃって……。私達ってそういう仲じゃないと思うけど」  早く言いなよ、と急かす。彼氏はいないし、付き合っている人もいないよ、好きな人はいるけど。他の人からの告白ならお断りだからね。こんな強面くんを見るのは初めてなので、少しドキドキしてる。この後、聞かなければよかった、なんて後悔することも知らずに。  強面くんは一呼吸置いて、私に尋ねた。    「お前さ、いじめられてんの?」
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