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第五章
もう一人の「天才」がいる。
彼もある種、催眠術の使い手だったのかもしれないが、その名をK君としよう。
彼がH君よりすごいと思ったのは、営業成績もさながら、キャンセルがほとんどないという事だったのだ。
H君の場合は催眠が解けると、お客さんは我に返り、キャンセルをする。
しかしK君は、その催眠が解けるときが来ない。
死ぬ時まで。
これは直接私が「現場」を目撃したわけではないのだが
残されていた音源と、新聞からわかったことだ。
H君に続いてK君もまた抜群の営業成績を誇っていた。
K君もまた、外見からすると異能者とはとても思えない、
おとなしそうな、新卒の青年だった。
たとえて言うなら「ジグゾーパズルとかプラモデルが趣味っぽい」男の子を想像してもらえると、あまり遠くないだろう。
普段の話し声も、特別大きい声ではないし、人を威圧するような声ではない。
それなのに電話営業でお客さんと話していると、やはりどういうわけか彼もまた、お客さんから「要らないよ」の返事が来るでもなく、お客さんはその時も「自我」を保っているようなのだ。しかしそれが本当に「自我」と呼べるものなのか…。
一人のおばあちゃんに何通もパンフレットを送付し、それらすべてに申し込むように「案内」していたのだが録音された音声データを見るとおばあちゃんは泣いていた。
「ねぇ、私あとどれくらい入らなくちゃいけないのぉ?」って。
前述したら、お客さんとしては、要らないなら「要らない」と一言いえば済むわけである。
しつこかったら電話をそのまま切ってしまえばいいのだ。
俺たちオペレーターも、相手の住所はわかっているがまさかそこまで乗り込むという事はなかなかしない。だからこのおばあちゃんも電話を切ってしまえばいいのだ。
しかしK君が相手したおばあちゃんは違う。
泣きながらもK君の言われた通りに申し込み用紙を書いて…。
結果彼は、一日で月間目標の3倍を達成した。
「泣いているおばあちゃんを強引に加入させた」それくらいだったら正直かわいいものである。次のエピソードはもっと過激だ。繰り返すがこれは実話だ。
K君はいつものように電話相手に申し込み用紙を書かせていた。
しかし相手の様子がおかしい。何か火急の用事があるように落ち着かない。
たとえではなく本当にまさにその瞬間、相手のお客さんの家は火事になっていたのだ!
火の元については不明だがお客さんは自分の家の屋内から火の気が出ているのを認識している。しかし同時に、受話器をもってK君と話している。
普通に考えると、受話器を放りだす。
そして自分は逃げるか、消火活動をするか、である。
しかしこのおばあちゃんは「火が、火がもう迫っている~」って言いながら、
おそらく座って、受話器を持つ反対の手でペンを持っていたんだろうな。
自身の体が焼かれ、叫びながらもペンを申し込み用紙に走らせていたのである。
録音の音源は、このおばあちゃんの断末魔の叫びで終わってたこと
翌日の新聞で、その住所が火事で全焼したことを告げていたことから
K君もまた「そういう能力者」として周りから認定された。
同じく会社がつぶれてしまった時にK君とも疎遠になってしまったが
もし彼が、何か非合法の世界に陥ってそこで暗躍しているとしたら…。
とても恐ろしい。
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