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4.真実
私が三十歳になった年、母が亡くなった。心不全だったという。あの打ち明け話を聞いてから何となく気まずくて連絡も途絶えがちになっていた。突然のことに戸惑いつつも喪主として葬儀を執り行う。
「この度は……」
そう言って頭を下げる伯父を見て母の言葉が蘇る。
――あの男は妊娠した彼女を捨て今の奥さんと結婚した。
私は伯父の言葉を遮り「母から聞きました、全部」と吐き捨てた。伯父は何のことかわからない様子で首を傾げている。元はといえばこの人のせいで私と亮太は、そう考えるとむらむらと怒りが湧いてきた。
「私は伯父さんと母の親友の子なんですよね?!」
すると伯父さんはハッとしたような表情で隣にいた妻と顔を見合わせる。ほらやっぱり、そう思っていると伯父が突然私の肩を掴んで揺さぶった。
「君のお母さんはそんなことを言ってたのか?」
頷く私を見て伯父は「何てことだ」と両手で顔を覆う。だが次に出てきた言葉は予想もしないものだった。
「まだ治ってなかったのか」
今度は私が首を傾げる番だ。
「治ってないってどういうことですか?」
伯父は深くため息をつき事の顛末を話してくれた。それは母から聞いた話とはまるでかけ離れたものだった。
母は父と交際中、父の家に遊びに行きそこで兄である伯父と知り合った。母は伯父にひとめ惚れしてしまう。そこから母の……ストーカー行為が始まった。当時伯父は既に今の奥さんと交際しており、二人はよく公園でデートしていた。いつからか、視線を感じて振り向くと木々の隙間から、噴水の向こうから母がじっと見ているようになったのだという。
「弟は、君のお父さんは本当にいい奴でね、心を病んでしまった彼女を放ってはおけないと何度も説得したり病院に連れて行ってカウンセリングを受けさせたりしていた。それでようやく落ち着いて二人は結婚したんだ。うちの両親はそんなこと知らなかったけどね」
母から亮太と自分が異母姉弟だと聞いた時は思わず取り乱しすっかり母の言葉を信じてしまっていたが、冷静になって考えてみれば確かに母の話にはいろいろと齟齬がある。
「じゃあ私と亮太は……」
「従姉弟同士だよ。誓って異母姉弟なんかじゃない……あ!」
伯父の表情が変わる。
「ひょっとしてその話、亮太にもしたのだろうか」
頷く私を見て伯父夫婦は青ざめた。
「だから、か」
亮太はある時を境に伯父夫婦と全く口をきかなくなったらしい。そして高校を卒業すると同時に逃げるようにして実家を離れ、以来音信不通だという。
「何ということだ。きっと探し出して真実を告げる。約束するよ」
私は伯父の言葉にただ頷くことしかできなかった。
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