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5.公園
母の葬儀から三年。あれ以来伯父からの連絡はない。亮太はまだ見つかっていないのだろうか。それとも私に連絡しないで欲しいと伯父に言ったのだろうか。もう亮太も大人だ、どこかで家庭を持ち幸せに過ごしているのかもしれない。前に進めずにいるのは私だけ。そんな中、伯父から久々に電話があった。亮太のことかと期待と不安に胸を高鳴らせる。
「引っ越し、ですか」
だが話は亮太のことではなかった。家の老朽化が激しいので田舎に土地を買って新たに家を建てるのだという。
「それでいろいろと整理してたら美咲ちゃんの小さい頃の写真なんかも出てきてね。よかったら送ろうかと思って」
私にとっても思い出深い家だ。せっかくなら最後に見ておきたい。私がそう言うと伯父は快諾してくれた。
週末、私は久しぶりに帰省した。懐かしい街並みを見ながら亮太のことを想う。伯父の家に着くと祖母の遺影が置かれた仏壇に向かい手を合わせた。その後はアルバムに貼られた写真を何枚かもらい、夕飯をご馳走になる。敢えて亮太のことは聞かないでおいた。
「今日はありがとうございました」
そう言って頭を下げ伯父の家を出る。結局一度も亮太の話は出なかった。不自然なほどに。駅に向かって歩きながら不意に思い立つ。そうだ、あの公園に行ってみよう。
夜の公園はしんと静まり返っていた。その静けさの中、私はひとりベンチに座りぼんやりと考える。公園に現れるという幽霊。あれは母のことだったのかもしれない。寒空の下、首を吊ってゆらゆら揺れていたというのは母自身だったのではないか。
――美咲。
誰もいないはずの公園で名前を呼ばれた。これは……母の声?
――騙されちゃダメよ、美咲。あんな作り話を信じるなんて悪い子ね。
声は地面の中から聞こえてくる。
――おいで、こっちにおいで。母さん寂しいの。
ずるずると地面に吸い込まれていくような感覚。まるで体を置き去りにして魂だけが落ちていくようだ。
(何これ、助けて)
全身に何かが絡みつき段々と息が苦しくなっていく。その時、また別の声がした。
――もう止めなさい、真理子。
真理子というのは母の名だ。この声、いったい誰だろう。伯父さんに少し似ているが違う、ああそうだ。きっとこれは。
(お父さん?)
私の手足を引っ張っていた力が少し弱まった。だがまだからみついた何かが完全にはほどけない。急激に体温が下がっていくのを感じる。
(ああ、何て寒いの。助けて……亮太!)
その瞬間訪れたのは私の全身を大きくて温かな手が包み込むような感覚。ああ、亮太だ。そう思った時、ようやく不穏な気配は去り私はぜぇぜぇと息を切らしながら立ち上がった。
「亮太?」
周りを見渡すがもちろん誰もいない。父が、そして亮太との温かな思い出が私を救ってくれたのだろう。母は父と一緒に旅立つことができたのだろうか。そして……。
「亮太……」
やっぱり亮太のこと、伯父に聞いてみるべきだったんじゃないか。もう逃げるのは止めてちゃんと向き合うべきなんじゃないか。私は夜の公園で星空を見上げながら自分自身を両手でぎゅっと抱き締めた。
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