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エピローグ
「あなた、伝えなくてよかったの? 亮太のこと」
妻が私の顔を覗うようにして言う。
「聞かれたら答えようとは思っていたんだがね……」
三年前、姪から話を聞いた私はすぐに亮太を捜した。興信所を使ったこともあり意外なほどあっけなく息子の居所はわかった。
「え、病院?」
息子は入院していた。急ぎ病室へ向かうと私の顔を見てひどく驚いている。久々に再開した息子はずいぶんやつれていた。険しい表情でこちらを睨む息子に私は事情を全て話した。最初顔を背け耳を塞いでいた息子だが何とか理解してくれたようだ。
「美咲の母さん、心病んでたんだな」
「ああ。美咲ちゃんに連絡してやれ。彼女、今でもお前のこと……」
「ダメなんだ」
亮太が私の言葉を遮る。
「どうしてだ。ああ、もう他に恋人でもできたか? それならそれで」
再び亮太は言う。ダメなんだよ、と。
「どういうことだ。それよりお前、随分顔色が悪いが何の病気なんだ」
そういえば病名も聞いていなかった。亮太は私の顔を真っすぐに見て力なく笑う。
「末期癌、だってよ。若いから進行もはやくてさ。ダメっぽい」
私は言葉を失った。
「美咲のやつ、まだ独身なのかよ。もう俺のことなんか忘れちまえよな、まったく。親父、頼みがある」
亮太は自分が病気で長くないことを言わないでくれ、と言う。
「でもお前……」
「あいつそんなこと知ったらさ、絶対見舞いとか来るだろ? 死んだら悲しむだろ? それで、あいつ優しいから自分だけ幸せになっちゃいけないとか思いそうじゃん。俺さ、あいつには幸せになってほしいんだ。だから『亮太は結婚して幸せにやってるからもう連絡しないでやってくれ』とでも言っといてよ」
「亮太……」
それからしばらくして息子は亡くなった。姪に真実を告げるべきか、それとも亮太の言ったような嘘をつくべきか。悩んだ私は結局そのどちらもしなかった。
「そうだな。もしちゃんと聞かれたら伝えよう。本当は亮太もそうしてほしかったのかもしれない」
私は立ち上がり、姪っ子がいる間は隠してあった亮太の遺影を再び仏壇に飾る。輝くような笑顔の亮太を見ていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
了
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