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警察には彼から連絡してもらった。巡回中だった若い警察官が立ち寄ってくれ事情を尋ねられた。けれどその警察官は明らかに私達より歳下の癖にタメ口で問いただし私をイラつかせた。 「ストーカーかもしれないね。ひょっとして身に覚えあるんじゃない?」 その言葉に今まで低姿勢だった彼が怒りだし、反論した。 「あるわけないだろ!それにストーカーってのは、向こうが勝手に好意を持たれていると思い込み、ストーキングをやり始めるものじゃないのか!」 「そういう場合もあるけど、でも元彼って可能性だって無いとは言えないんじゃない?ま、でも、万に一つ、その肉が人肉だったとしても、刑事事件にはまだなってないから、俺が証拠として受け取るわけにはないからね。一応、明日にでも被害届とストーキングの相談に署の方に来たら良いよ。それが刑事事件として取り扱う事になれば、その肉が人肉かどうかを調べてくれるんじゃないかな。とりあえず、報告だけはしておくから、名前と電話番号をこれに記入してもらえるかな?」 若い警察官はそういい、バインダーを突き出した。彼はそれを引ったくるようにして受け取ると自分と私の両人の名前と電話番号を記入してくれた。警察官はどうも〜といい、返って行ったが、彼の怒りは収まらず、SNSで拡散してやる!などと息巻いていたが、私がそれを止めるようお願いした。住所などが特定されるかもしれないと恐れだからだった。 翌日に被害届を出し、鍋を証拠品として提出しようとしたが受け取りを拒否された。 実質的な被害が起きてないからというのが、警察側の言い分だった。彼が鍋底に書かれた文字を指差し突きつけたが、なら何故受け取ったのですか?身に覚えがなければ受け取りませんよね?受け取ったのは、そのような配達物を注文していたからではないんですか?それに貴女の友達の悪戯だと考えられなくもないでしょう?と警察官に言われた彼は、即座に反論出来ず私を見返すにとどまった。それがいけなかった。 その後、あっという間に警察官に言いくるめられ、私達は名前もわからぬ大男からの被害届だけを提出する事にした。 警察官は名前も知らない事に不満を覚えていたが、事件に発展した時面倒だと考え直したのか、簡単な人相を尋ね、パトロールを強化しますからと、私達を無理矢理に納得させた。仕方なく私達は警察署を後にした。彼は自宅に戻ると私に鍋とビーフシチューの肉は取っておいた方がいいといい自らジップロックに捨てた肉を入れ、私の冷蔵庫の冷凍室に押し込んだ。鍋は文字が消えないよう軽く洗ってから棚の中にしまわれた。 私はそのような彼の行動を止める事は出来なかった。気持ちが悪かったけれど、もしも又、あの大男がやって来て被害にあった時の証拠になるからと説得され、私は捨てるのをやめたのだ。 そんな物が部屋にある事がよりあの大男を想起させた。私がそのような考えに至ってから数日後、もしかしたら自分の部屋に盗聴器が仕掛けられているのではないかと疑い始めた。彼にそう話すと、盗聴器調査をしてくれる会社を探してくれた。そして1週間後に調査が入り、計、6個もの盗聴器が発見された。数が多いのは、盗聴器自体が安価なもので雑音やノイズ、盗聴が途切れ無い為ではないかと説明を受けた。 私も彼もあまりの盗聴器の数に驚いたくらいだった。そしてそれだけの数があったのだから、もっとあるかも知れないと疑って当然だった。だが調査は、それ以上行ってくれる事はなかった。室内には既に盗聴器を見つける為の機材に電波が反応する箇所がなかったからだ。 そう言われたら諦めるしかなかった。 彼も私の不安を消すように抱きしめてくれた。 私は彼に一緒にいて欲しいと頼んだ。 「この部屋にはいたくないの。わかるでしょ?」 「わかるけど、僕達はもう婚約してるじゃない?一緒に暮らすのだって、数ヶ月もないんだよ?それに君だって仕事があるし、僕にもある。自宅でやらなきゃいけない事も山ほどあるじゃないか?結婚してからは、お互いそんな状況に身を置かなきゃならないんだ。だから、せめて、結婚するまでは、我慢して欲しい。何も一緒にいるのが嫌だってわけじゃない。幸い、僕の部屋からここまではそう遠くないし、タクシーを使えば20分程度で来れるんだ。だからさ、今日は一緒にいるけど、明日以降は、少し頑張って欲しいね。わかるよね?」 わかるわ。私だってこんな事がなければ、ずっと一緒にい続けるなんて、無理だし。息が詰まると思うから彼の気持ちも理解が出来た。正直、怖かったが、私は仕方なく彼の提案を受け入れる事にした。それから1週間も経たない頃、夢の中で私にプロポーズする彼が出て来た。彼は片膝を突き血塗れのえぐれた両腕を掲げながら、私に向かってこう言った。 「君は僕の全てだ。だから君も僕だけを君の全てして欲しい」そういい差し出されていた物は、抉り取られた彼の腕の肉だった。 掲げた手からは湯気が立ち、指先が焼け焦げていた。皮膚が焼ける嫌な臭いが鼻をついた。 なのに私はその煮えたぎった彼の腕の肉を受け取り、口に運んだ。一口で食べ切った私の口から、肉汁が垂れ落ちていた。 余りのリアルさに驚いた私は飛び起きた。額には汗が滲み出て、パジャマは湿っていた。直ぐにシャワーを浴びにバスルームに向かった。裸になり、パジャマを洗濯機に放り込んでからバスルームに入った。ゆっくりと汗を流し終えると僅かばかり気持ちも楽になった。 タオルで髪を拭き、洗面台で髪を乾かしている時、私は初めてその音を聞いた気がしたのだった。 「 ジジッ ジジッ 」 今思えばそれは明らかにシンクの中にぶち撒けたビーフシチューが立てた音と同じだった 「ジジッ ジジッ 」 その音がやがて私を苦しめる音になろうとは、その時の私は全く知る由もなかった。 今、私は離れの部屋のベッドの上でその音を聞いている。 「ジジッ ジジッ ジジッ…」 それが聞こえるたびに鍋の底に書かれたいた言葉を思い出す。 「僕の削ぎ取った腕を食べ僕の想いに気づいて欲しい」 私はゆっくりと身体を起こし窓に顔を押し付けた。母家から声が聞こえて来たからだ。 そちらに目を凝らすと、牛の着ぐるみを来た大男が「宅配便です」と声を掛けている所だった。   
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