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「えらいこっちゃ」
おじいさんの声で目が覚めた。
窓の外は真っ暗で、トンネルの中を走っていた。
いつの間に寝てしまったのだろう。
足元にガラス玉のようなものが、転がってくる。
四人がけのボックスシート。
通路をはさんだ反対側の席のおじいさんが、あわてて玉を追いかけている。
ガラス玉はあちこちに転がり、おじいさんが大きなお腹を揺らしながら一つ一つ拾っては、水色の布袋に入れていく。
三宮や大阪を過ぎるころには、あんなにたくさん乗客がいたのに、車内の人はすっかりまばらになっている。
私は、足元のガラス玉を手に取った。
ビー玉よりも少し大きく、スーパーボールくらいのガラス玉は、揺れるとシャラランと不思議な音がした。
シャラランシャララン。
ほわんと気持ちが温かくなる。優しく懐かしい音。
もっと聞きたいと耳元でふってみる。
「あ、こら。乱暴にしたらあかん」
おじいさんは、眉毛を垂らした困り顔でこっちを見ていた。
「ごめんなさい。いい音がしたから」
私は立ち上がっておじいさんの席へ行き、ガラス玉を差し出した。
「おおきに、おおきに」
おじいさんは受け取ると、両手でうやうやしく持ち上げた。
作務衣を着ているせいか、ポチャポチャの仙人みたいに見える。
「大事なもんやさかいな。全部拾ってやらんと……」
おじいさんは、他に転がっていないかを探し始める。
「あ、あそこにもあるよ」
私は、ずっと先に転がっていた玉に駆け寄る。
1つ2つと拾う。
玉は、大きさも色も少しずつ違っていた。
ちょっと青っぽかったり黄色っぽかったり。
だけど、どの玉も音はしなかった。
最後の1つを渡した時、窓の外が明るくなった。
長いトンネルからでたのだ。
窓から、青い空とこんもりした緑の山と野球場が見えた。
その向こうに……。
「海……?」
また、須磨に戻ってきた?
祖父の家は、兵庫の須磨の海に近い場所にあった。
見たこともないような大豪邸に、外国産の車が何台もとまっている。
生きている祖父とは一度も会ったことはなく、遺影の中で厳めしくこちらをにらんでいる顔しか知らない。
「海ちゃうで、琵琶湖や。湖や。塩辛いことあらへんねん」
おじいさんが、窓を指さした。
「琵琶湖……」
線路は高架になっていて、家並みの向こうに広い湖がよく見えた。
テレビでしか見たことがない日本で一番大きな湖。
電車は駅にすべりこんだ。
「西大津、西大津です」とアナウンスが聞こえる。
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