『私』が教えてくれたこと

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─2─ 「お疲れ様でした」  ──疲れた。  今日は大きなトラブルが発生し、対処に追われ、めでたく残業となった。  平日のこの時間はさすがに人がまばらだ。早く帰ろう、お風呂に入りたい。  玄関を開けたところでスマホが振動した。ポケットに入れてあるスマホを取り出し光っている画面を見る。 「え……また?」  昨夜と同じだ。文字化けで何もわからない……  しかし、二日とも同じことが起こるなんて……気になる。  もしかしたらただの故障で、本当に用事かもしれない、出てみるか。 「──もしもし」 「──」 「もしもし? 聞こえてますか?」 「──も……し……」 「電波悪そうですけど大丈夫ですか?」 「もしもし……本当に繋がった!」  スマホから聞こえる声は、年配の女性の声のようだった。 「どちら様ですか? お間違えではないですか?」 「広川さんの電話でお間違えないですか?」 「──は、はい、そうですが……」 「本当だったのね! 素晴らしい! 遅れました、私──広川ゆりと申します」  えっ? 今なんて? 広川……ゆり……まさか。 「ふざけてるんですか?」 「いえいえそんなことないです。私は本当に広川ゆりです」 「同じ名前……?」 「はい。本当に繋がるとは思っていなかったので私も驚いているんですけど、あなたも驚いているわよね」 「──」  理解が追い付かず、言葉が出てこない。 「大丈夫?」 「──は、はい。あのう、同じ名前の方、私の知り合いにはいなんですけど……」 「そうよね。私も今まで会ったことないわ。何て呼んだらいいかしらね。ゆいちゃんにしようかしら? 今何歳になったの?」  こちらの戸惑いなどお構いなしに、どんどん話を進めていく。 「ゆりちゃんって……さ、三十五です。ゆり……さんは?」 「七十四よ」  私は、玄関に立ち尽くしたまま話していることに気づき、部屋へと入った。一旦落ち着こうと、スマホをもったまま冷蔵庫から水を取り出し一口飲む。 「あのう、説明してもらえますか? なぜ私を知っているんです?」 「なぜって……私だからよ」  ──私っ? 思わずむせ返る。 「それって……」 「信じれなくて当然よね。私だってまだ半信半疑だもの」  言葉に困っていると、落ち着いた声で話し出した。 「ちゃんと説明するわね。──先日、たまたま通りかかったお店の前で、骨董品を売っているおじさんがいたの。少し気になっから足を止めて、商品を見せてもらったのよ。そしたら、そのおじさんがこの携帯電話を勧めてくれたの。これは違う世界に生きている自分と話せる電話だって。もちろん信じていなかったけど、レトロですごくおしゃれだったのよ。だからつい買ってしまったの。でも帰ってからなんだか気になっちゃって、かけてみることにしたの」  骨董品……。じゃ、今話している人は本当に私で、しかも私が生きている世界とは違う世界で生きていて、それも七十四歳まで生きている? 「大丈夫? 理解できるわけないわよね。困ったわね。うーん、何か証拠とかあればいいんだけど……これはどうかしら。お母さんの名前は(さち)!」 「そうですけど、それは調べれば簡単にわかります」 「疑り深いわね。やっぱり性格は同じなのね。じゃ、左のおしりにほくろがあるでしょ?」 「えっ……」 「やっぱりね。あるんでしょ? 生きている世界は違ってもここは変わらないのね」 「でも……」 「ほんと、疑り深いのね。人を信じる気持ちを思い出さなきゃいつまでも幸せなんて訪れないわよ。──まっ、私もそうだったんだから今のあなたの気持ちは十分すぎるほどわかるけど」  まだ、信用したわけではない…でも、なんか…… 「じゃ……ゆりさんは、今、幸せですか……」 「──ええ、幸せよ。とてもね」  ──そうか。そうか、私が幸せになれる世界もちゃんと存在しているんだ。 「──よかった」 「少しは信じてもらえたかしら?」 「ほんの少しだけ……」 「──そう、よかった。私もこの電話の仕組みをよくわかってないんだけど、あなたの電話だとなんて表示されてるの?」 「文字化けしていてよく見れないんです」 「ああ、そう。じゃ、こちらからしかかけられないのね」 ──またかけてくるつもりなの? 「じゃ、私これから老人会があるから切るわね」 「え、えっ?」  人を散々混乱させておいて、自分の用事があるからとさっさと切るなんて、随分勝手だな…… 「えっ? 老人会のこと気になる?」  いや、気にならない。 「老人会ってね、近所の人たちが集まって、お話したりゲームしたり旅行したりするのよ。それで、今日は私のファッション講座なの」 「ファッション??」  耳を疑った。それに講座って…… 「私こう見えて、ご近所さんからおしゃれさんで通ってるのよ。それで、みんなどんなふうに着こなせばいいのか教えてほしいって言われて始まったの」 「そちらの私はずいぶんアクティブなんですね……」 「そうよ。まあ、でも昔は違ったわよ。きっと今のあなたと同じね」 「同じ?」 「ええ。──あっ、本当に準備しなきゃ間に合わないから、また電話するわね」  そう言うと、一方的に電話は切れた。 「随分と奔放だ……」  それにしても、一体どういうことなのだろうか。今話していた広川ゆりは本当に『私』なのだろうか。  いや、そんなまさか……そんな映画のような話あるわけがない……  しかし、なんとも言えない親近感というか、言葉では言い表せない何かを感じたのは事実だ。あの広川ゆりは、私の未来の姿ではなく、違う世界……こういう生き方もあった、ということ。  例え、違う世界だとせても「私」には変わりない。幸せに過ごしている「私」がいるとわかっただけで、なんだか……嬉しい。  ──不思議な気持ちだ。  布団に入ってからも、さっきの電話が頭から離れず眠れない。明日は満室で忙しいというのに……    結局、ほとんど眠れず朝を迎え、途中からあきらめ本を読んで過ごした。  でも、久しぶりに夜中の静けさの中でゆっくりと読書ができたのはよかった。  さて、気合いを入れて一日を乗り切ろう。
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