『私』が教えてくれたこと

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  ─1─ 「お先に失礼します」 「──広川さんちょっと待って!」  えっ? また残業? 「広川さん、これ新しい制服」 「あ、ありがとうございます」  頼んでいたことをすっかり忘れていた。残業続きで、二十二時を越える日が続いたことで、夕飯がすっかり遅くなり、サイズアップしてしまったのだ。 「ゆりさーん、新しい制服ですか? 私も買ってほしいです、係長」  中峰萌香はいつもこれだ。なぜか私の真似ばかりする。 「なんだ? サイズ変わったのか?」 「はい、少し痩せちゃってー」  好きにしろ。私は帰る。 「係長ありがとうございました。お先です」  私は、駅前のビジネスホテルに勤務している。このホテルは勤続三年だが、この業界は長い。今ではそこそこの立場を与えてもらっている。 「少し痩せなきゃな……」  自分のお腹を触りながら、空を見上げた。 「はあ。私、これでいいのかな……」  最近、このセリフが頭の中を占領している。  今年で三十五歳。結婚もしていなければ、彼氏さえいない。人から見れば孤独で仕事ばかりしている寂しい女だろう。だからといってバリバリのキャリアウーマンでもない。  この歳で何も達成していないのだ。周りはどんどんステージアップして行っているというのに……。中途半端な人生だ。 「私、なにやってんだろ」  そう呟きながら、イヤホンを耳につけ、地下鉄に乗り込む。アパートまで二駅。歩けばよいのだが、いつも「疲れているのだから、体を労わる方が大切」と自分を甘やかしている。だから太るのだろう。  揺られながら好きな曲を聞き、目を閉じる。音楽に癒されていると、私の前に立っている女子高校生の二人組の会話に戦慄する。 「明日、どうする?」 「何が?」 「のぞみの誕生日でしょ?」 「そうだったね! 去年は机に花置いてやったから今年は遺影にする?」 「あんた最高! 天才。じゃ今から家で作る?」 「賛成!」  クズだ……  これは明らかにいじめだろう。去年も同じようなことをされ、今年も……  本来ならこの世に生まれた最高の日だというのに、これでは自分の生まれた日が一生嫌いになってしまう。だが、かわいそうだと思うことしかできない。助けてあげられないのだ。結局は自分で乗り切るしかない。私がそうだったように……  私の人生は、いじめで全て狂ったといっても過言ではないだろう。あの時、私が強かったら……戦っていたら……  いつも何かに躓いた時「もし、いじめれらない人生だったらどうなっていたのだろう」と、無意味なことを考えてしまう……  「ただいま……」  誰もいない部屋に響く自分の声。誰からも返ってはこないのに言う意味はあるのだろうか。  帰宅してからのルーティンは、コートを脱ぐ前にお風呂にお湯を溜める。入浴は唯一の楽しみだ。  冷蔵庫を開け、作り置きのカレーを温め、ご飯をお皿によそう。  すると、ソファに置いてあるスマホが振動した。 「あれ、誰だろ」  炊飯器の蓋を閉めスマホを取りにいく。 「え……なにこれ」  表示されている番号が文字化けで読めない。不気味だ……  そもそも、登録してある番号しか出ないと決めている。 「こんなことはじめて。故障とかじゃないよね……」  すぐに切れたこともあり、大した気にも留めなかった。    夕飯とお風呂を済ませ、アイスを冷蔵庫から取り出しソファに横になる。 「太る原因はこれだな……」  化粧水もつけず、髪の毛も濡れたまま。自分の女子力の無さに失望する。  女子力が高まりそうな動画を見て、自分を鼓舞し、かろうじて動き出す。 「そうだ、制服着てみようかな……」  寝る準備が出来たところで、制服のことを思い出し着てみることしした。 「あれ……サイズ、あってるよね……」  自分が思っていたより、ふくよかになっていたようだ。 「アイスやめとけばよかったかな……」  今更反省しつつ、早めに就寝することに。 「──明日からダイエットかな」    
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