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ふと 見ると、
道の 右手の 前方に
一点、
雪に 墜ちた 椿の
花弁のごとき 朱の光が、
こちらへ 手を 伸ばしている。
この 山奥に 人 だろうか。
この 濃霧に 生命が
宿るものか。
この世に 未だ
人が 残って いたのかと、
雲水は
柄にもなく 胸を 高鳴らせ、
その朱き 手を とった。
道に 寄り添うような その朱は、
かつて この地の 人々が、
神の 社の 門とした
二本木。
鳥居という それだった。
白い孤独に 胸寂びて、
幻を 見たか と
雲水が
足袋の 破れた あしを
返した その時、
門の 向こうに
紅の人が あらわれた。
紅の衣に 白い肌。
闇の黒髪 濡れた瞳。
紅の唇を 上向かせ、
その人は 言った。
――おまちしておりました もうながらく
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