第六話 沙羅の琵琶

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祗園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、  諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。  娑羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、  盛者必衰(じょうしゃひっすい)(ことわり)をあらわす。  おごれる人も久しからず、  唯春の夜の夢のごとし。  たけき者も遂にはほろびぬ、  (ひとへ)に風の前の(ちり)に同じ。」  (p17) 歌っている。白衣(しらごろも)の貴人。 長髪(ながかみ)の金を、無造作に肩へ散らし。 定まらぬ目を、(ちゅう)へただよわせ。 細指(ほそゆび)は弦をつま弾く。琵琶(びわ)の弦を。 「諸行は無常にして  ()生滅(しょうめつ)の法なり  生滅、(めっ)(をは)りて  寂滅(じゃくめつ)なるを楽と()す」⦅p19⦆ ああ、祗園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘が鳴る。 生まれ滅びゆくこの世。何一つとして、 変わらぬものはない。ただこの生滅の終わる地、 涅槃(ねはん)の地にのみ、永久の楽あり――。 ああ、沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色。 釈尊入滅(しゃくそんにゅうめつ)のおり、一斉に失われたそれは。 盛んなる者も、いつかは必ず衰えるという、 世の(ことわり)を、あらわしている。 権力者の立場も 永遠ではなく、 春の夢のごとく (はかな)いものである。 猛威(もうい)をふるう者も 死は逃れられない。 おしなべて 風前(ふうぜん)(ちり)のようなもの――。
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