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茜ちゃんは、ほらという顔で麻子さんを見る。
「もう、ほんとに困った子で、先生、すみません」
麻子さんは娘の態度に苦笑いしながら、キッチンに戻って行った。
「あ、さすが慶明大生は教え方も上手だなあ。すごくよくわかった!」
茜ちゃんはそう言って、教科書を閉じた。微分と積分の単元だったが、解説をして一緒に考えながら問題を解いていったらすぐに理解できたようだ。念のため似た問題を出してみたが、ひとりですらすらと解けるようになった。
僕の教え方がうまいというよりも、茜ちゃんが利発で賢いからなのだと思う。慶太君にしてもそうだ。提出されるプリントは、いつも90点以上だった。
慶一さんは僕の大学でも超難関といわれる理工学部卒、茜ちゃんが通うのは麻子さんの母校というから、賢い両親から姉弟で頭の良さをしっかり受け継いでいるのだろう。
「先生、慶太からプリントです」
契約の時間が終わって帰り際、玄関で麻子さんは僕にプリントの束を渡してくれる。僕が持ち帰り、家で採点して次の時に持ってくることになっていた。
「それではまた。失礼します」
「先生、ありがとね!」
「またよろしくお願いします」
僕はプリントをリュックにしまうと、麻子さんと茜ちゃんに見送られて外に出た。外気に当たり、ふーっとため息をつく。二階の窓を見上げるが、カーテンは閉まったままだった。
実は僕はまだ、慶太君本人には一度も会ったことがない。
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