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――神様、これはどんな罰ですか?
「立原さんって、処女?」
午前九時、開店前の「三津谷書店」の倉庫に、夏目侑のよく通る声は大きく響いた。
立原薫にとって、その言葉は衝撃以外の何物でもない。まるで台風のように突然で、構えることすらしていなかった薫は、その衝撃に眩暈を覚えた。
「聞こえてる? 立原さん。俺の言ってること、理解してるよね?」
している。したくないだけだ。薫は、どう言葉を返すか思案した。あまりに突飛なイレギュラーに、脳内回路は上手く廻っていないらしい。
「もっかい言うよ。俺、立原さんに惚れたから、恋愛ストライクゾーン教えて? あとさっきも言ったけど、一番聞きたいのは、立原さんが処……」
「それ以上言うな!」
侑の言葉を遮るように、ようやく薫が言葉を挟んだ。
――これは夢か? それともやっぱり罰なのか?
「あの……フロアマネージャー、そろそろ……」
混乱から抜け出せずにいると、おずおずとした女子社員の声がして、薫はもうひとつの現実を思い出す。今は先日採用した三人のバイトの初出勤で、その前のミーティングをしていたのだった。侑だってその内の一人にすぎない。時計を見ると開店まで後三十分ほどだった。作業が山積みなことを思い出し、薫は静かに息を吐いてから頷いた。
「じゃあ、簡単な作業から手伝わせて」
「はい」
「え、俺の質問には答えてくれないの?」
完全にスルーだ、と侑が口を尖らす。
「僕は仕事に関して質問はないか、と聞いたんだ。個人的な質問に答えるつもりはない。――小野寺さん、彼も頼むね」
薫は侑にしっかりと答えてから制服姿の女子社員に視線を向ける。それを受け取った彼女は三人のバイトを連れて倉庫を出て行った。
「……なんだ、あの生き物……」
薫は近くにあったデスクチェアに倒れこむように腰掛ける。本当に自分が面接して採用の判断をしたのだろうか。いや、そうしたから、今日こうして突拍子もない発言なんか出来る状況にいたわけだが。
軽い目眩を覚え、頭上を仰いで目を瞑ると、侑の声が頭の中でこだまする。『立原さんに惚れた』、という衝撃の一言だ。冗談にしてはタチが悪い。誰か嘘だと言ってくれ、と思いながら薫はフラフラと仕事に入っていった。
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