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「良いか悪いかで言えば、良くはないですけど、アリかナシかで言えばアリですよ」  侑がバイトを始めてから一週間経った頃、薫は事務所でデスクワーク中の後輩社員にふと、侑のことを聞いてみた。 「佐々木くん、それよくわかんないし……」  薫はカーソルが点滅したままの自分のモニターを見つめながらため息に似た息を吐く。 「つまり、個人的には付き合いがあってもいいけど、部下にはしたくないってことです」 「なるほどな」  うん、と頷いたまま口を閉じてしまった薫に、佐々木は首を傾げ薫の横顔に視線を向けた。 「それがどうかしました?」 「いや…まだ不都合は出てないけど」 「夏目くん愛想と見た目はいいから、よほどでない限り苦情は出なさそうですよね」  佐々木は笑ってから、自分のモニターに向き直った。  佐々木の言うとおり、侑はとにかく見目がいい。均整のとれた長身は歩いているだけで人目を惹くし、そのへんの男性誌にでも載ってそうな甘い表情を浮かべた顔は、大概の女性客が振り返る威力を持っている。言葉遣いと態度の躾をすればいい男の見本になるだろう。その男が、なぜ自分に惚れたなどと言うのか。  この現実は自分の妄想なんじゃないか、とか幻聴が聞こえてるだけじゃないか、とかそんなことのほうが、よほどリアリティを感じる。やっぱり神様の罠なんじゃないだろうか。自分が私欲のために職権乱用なんかしたから、こんなことになってるんじゃないだろうか。  ――だったらもう反省してますから、勘弁してください、神様。  薫はため息を吐いてから口を開いた。 「僕も、よくわからないんだよ」  たっぷり時間を空けてから薫が言葉を発したので、佐々木は聞き逃したのを確認するように首を傾げて薫を見つめた。  と、そのタイミングで事務所のドアが開き今まさに話題としていた人物が薫の名前を呼びながら駆け込んできた。 「よかった、まだ居た。……って、何? なんで佐々木さんと見詰め合ってんの? やだよ、ダメだかんね」  侑は二人に駆け寄ると、佐々木と薫の間に腕を入れて、目いっぱいに手のひらを振る。その様子に佐々木が苦く笑った。 「君の『薫さん』を盗る気はないよ」 「佐々木くん」  妙な言い方しないでくれ、と視線で訴えるが、佐々木はそれを笑顔で受け流して自分の仕事に戻った。それを見て、薫は仕方なく侑に向き合う。 「夏目くんは何の用だ? 売り場抜けてきたのか?」 「出勤時間まであと五分あるもん」  侑の出勤時間はギリギリが常だ。余裕があるとは珍しいと思っていると侑が更に言葉を繋ぐ。 「薫さん、もう上がったって聞いて、せっかくバイト来たのに会えないってしょげてたら事務所にならまだいるかもって小野寺さんが」 「それでここまで来た、と」  薫の言葉に侑が頷く。  わざわざ一階の売り場から四階の事務所まで息を切らして駆け上がってきた理由が自分に会いたいから、なんて可愛くないわけがない。それでも隙を見せまいと、薫は厳しい表情を維持した。 「薫さんに会わないとやる気出ないもん」 「じゃあ、もうやる気になったな。五時一分前だ、売り場に戻りなさい」  薫は立ち上がると事務所のドアを開けて侑を待った。しぶしぶ侑が歩き出し、横目で薫を見ながらドアを抜ける。  長身が丸くなるほどに肩を落とした侑に薫は、そうだ、と声を掛けた。 「何?」  縮んでいたバネが伸びるように背を伸ばした侑が嬉しそうに振り返る。 「明日、僕は休みだ。夏目くんは今日と同じ五時から勤務だったね。頑張るように」  薫が言うと、みるみる侑の表情が色を失くす。 「ウソ、ホントに? じゃあ俺、明日はどう頑張ればいいわけ?」  侑は薫に縋るように抱きつく。薫はそれを引き剥がしながら口を開いた。 「それは自分で考えなさい」  子供じゃないんだから、と薫は言葉を置いてドアを閉めた。その向こうの廊下から「うそぉ!」と侑の声がこだまするほどに響いていた。
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