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「夏目くん……ちょっと……」
ぞわぞわと走る感覚に、薫はびくり、と肩を竦める。
「ねぇ、言って?」
首筋を甘く噛まれて、薫は観念したように息を吐いた。
「――好きだよ」
言うと侑は薫の体を反転させ、腕の中に抱き締めた。深く唇を合わされ、無理矢理に開かされた唇から熱い舌が入り込む。蹂躙するように口腔を舐めまわし、舌先を絡め取られる。舌の奥まで舐められ苦しくなって、侑の背中を叩くとようやく唇を離してくれた。
荒い息を整えようと必死な薫に対し、侑は薫のシャツをすばやく取り払うと、そのままベルトに手をかけ、前を寛げる。驚いて後退ろうとするがうまく行かず、逆に後ろに倒れそうになった。シンクに腰を預ける形でなんとか踏みとどまる。侑はその前に傅くように座り込んだ。
「なっ、夏目くん……」
「逃げないで。怖いことはしないから」
侑は眼鏡を外すと、ゆっくりと薫の下着に手をかけた。撫でるような仕草で薫の中心に指を這わせれば、それは簡単に形を顕す。我ながらはしたないと思うが、それを止める術を薫は持っていなかった。
「ふぁっ、んっ……」
侑の長い指が薫の中心を撫で上げる。くびれを丁寧になぞられ、鈴口から溢れる蜜に指を絡められると、淫靡な音が増していく。こうやって立ったまま攻められるのは初めてで、薫の膝はがくがくと細かく震えた。侑は時々「大丈夫だから」と脚に触れたが、何も怖いから震えているわけではなかった。与えられる刺激を分散できないだけなのだ。
侑の巧みな手と口で、薫のものはすぐにはちきれそうになっていた。
「だめ、それ以上さわんな……いで……」
「うん……いきそうでしょ。いいよ」
薫は首を振るが、侑の手は止まらない。それどころか煽るように薫の弱い部分に指先を絡めてくる。
「や、だ……」
この状態で吐き出したら侑に掛かってしまうかもしれないと思うと出したくなかった。なのに、侑は更に薫を攻め立てる。
侑の指が、先端へと動く。鈴口を引っかかれ、薫の制御は臨界点を超えた。
「んあっ……!」
ぱたぱたと床に白濁が飛び散る。ぼんやりとする頭で一番に考えたのは侑のことだった。顔にかけてないだろうか、と視線を移動すると彼の頬に一筋の白が見えた。
「夏目くん、ごめん」
それをふき取ろうと手を伸ばすと、侑に止められた。自分の手の甲でそれをふき取ると、そこに舌先を伸ばす。そのまま薫を見上げる目は、ぞくぞくとするほど妖艶だった。雄の色気に、薫の頭はくらくらと蒸発するように熱気を帯びていく。もう、思考すらまともに出来ない。
「次はこっちで気持ちよくなろうよ、薫さん」
立ち上がった侑に抱き締められ、双丘の間をなでられると、背中を電流が走っていく。
既に侑の指は薫が零したもので濡れていて、後孔には、難なく入ってくる。一本から二本、二本から三本と指が増えると、腰から力が抜け、立っていられなくなる。それを侑の強い腕が優しく抱きとめ、一緒にゆっくりと崩れてくれた。
「ねぇ、薫さん。ちゃんと俺のこと見て」
侑の脚をまたいで膝立ちになった薫は、その体位の恥ずかしさに目が開けられなかった。
どんな願いだって聞いてやりたい。侑の望みならば――そう思うけれど閉じたまぶたはなかなか開けなかった。薫はゆるゆると首を振った。
「じゃあ、名前呼んで。侑って」
侑の指で解された入り口に熱い楔が当てられる。もうすぐこの熱が自分の中に入り込むのかと思うと、それだけで内部がひくついた。
「――侑」
「なあに、薫さん」
薫の胸に唇を当てて、侑は嬉しそうに返す。入り口にぴたりとついたままの屹立は動く気配もない。もしかしたら、その一言を自分に言わせたいのでは、と嫌な予感を覚えた。
「侑」
もう一度呼ぶ。急かすような声に、侑はくすり、と笑った。
「言って……ちゃんと」
ああやっぱり、と思った。薫に言わせたいらしい――どうしてほしいのかを。薫は唇を噛んで考えあぐねた。
「侑は、僕をどうしたい?」
「薫さんのいいように」
「このままでいい……なんて言ったら、このままで居れる?」
侑の反応が見たくて目を開けた。困ったような顔がそこにある。薫は微笑んだ。
なんだ、侑だってこの状況に焦れていたのではないか。そう思うと、急に心に余裕が生まれた。繋がりたいと思っているのは自分だけじゃない。
「入っておいで、侑」
薫は侑を招き入れるように少しだけ腰を落とした。侑の顔が優しく、でもどこか残念そうに微笑む。
「そういうの、ズルイ」
言いながら、侑は自身を薫に突き立てる。抉られるような感覚は、やっぱり慣れるものではなかった。キスをして抱きしめあって、ようやく違和感を散らすことが出来る。
「薫さん、好きだよ。大好き」
侑は薫の頬に口付けて甘く囁く。その瞬間、薫から余計な力が抜けた。突然の告白に一瞬頭が持っていかれたせいかもしれない。
「あっ、」
不意をつくように侑に深く穿たれ、薫は上体を逸らした。胸に噛み付かれ、突起を弄ばれると、もう言葉など出ない。薫の部屋は二人の間から聞こえる濡れた音と、薫の吐き出す嬌声だけで支配されていた。
「薫さん、俺のこと好き?」
そこに、侑は言葉を投げる。薫は侑の首に両腕を廻して頷いた。
「ちゃんと言葉にして、大事なことは目を見て言わなきゃ」
ね、と薫の体を少し離すと、侑は薫の固く閉じられたまぶたにキスをした。薫がゆっくりと目を開ける。
「好き、だよ……」
絶え絶えの息の中答えると、目の前の顔が破顔する。
「よく言えました」
その言葉に、馬鹿にして、とも思ったが侑が起こす快感の波に、薫はただ飲まれていった。
薫のベッドには、すうすうと規則正しく寝息をたてる侑がいる。その髪を優しく梳いてから、薫はベッドを降りた。深夜の三時を廻っている。薫は寝室から出て、本棚の引き出しを漁ると便箋と封筒を取り出し、小さなテーブルで封筒の表に「辞表」と書いた。退職願の方がよかったか、と考えてからどちらでもいいか、と小さく笑う。こうすることで、侑だけは咎められることはなくなるだろうと思っていた。
別れるわけではない。離れるわけではない。だから、これでいい。それでも、あいつは怒るだろうな、と思うとなんだか申し訳なくも思った。
「ごめんな、侑」
呟いた言葉は早朝の空気に溶けて消えた。
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