第五章

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空風の過去 大学を卒業後、空風俊也がまだ垣根と同じように新卒1年目で普通に働いていた頃の話。 「人当たりが良い」という理由で大学内の就職課に「接客業」を勧められ、地元の大きなデパート内の総菜屋に正社員として入社した。 1年目で、総勢30人のパート、アルバイトスタッフの仕事内容と勤務時間の管理をするよう主任に言われた。とりあえず顔と名前を覚えるところからスタート。と、同時に取り扱う商品についても業務を熟しながら覚える日々が続いたが、中には早朝の3時間しか来ない人、夜間の清掃業務のみの人等、時間帯が違い全く会わない人もいる上、正直に言って目の前の業務に必死でそんな余裕は無かった。 もちろん接客業なので厨房だけでなく店頭に出てお客様対応もする。混んでいる場合は「レジ応援」としてチェッカー又はキャッシャーとして手伝いにも行く。 例えば、店頭に出ていた時にお客様に声をかけられても、今いる店舗に配属されて日が浅いので分からないことが多く、素直に「分からない」旨を伝え、他のスタッフを呼んでこなければならなかった。 ・・・この世で高齢のおばちゃんが好きな二十歳くらいの男性がいたら申し訳ないのだが、いちいち絡んでくる婆さんが「うざい」とさえ内心思っていた。 個人的に社会経験が浅く、変に完璧主義だったので、途中でどこかに駆り出されたりすると、色々とやり残した仕事が気になり結局自分の仕事の時間が取れなくなり、「業務が遅い」と、上司に怒られないかいつも気が気じゃなかった。 だからこそ次第にネガティブ思考になり、スタッフにもお客様にも低い姿勢で「すみません、すみません」と開口一番言うようになり、その都度作る「作り笑顔」も疲れていき、無意識的に鬱気味になっていった。 職場と家との往復。 学生時は「自分は何でも出来る!」と可能性と自信に満ち溢れ意気揚々としていた頃が懐かしい。 今は、自分の世界が一気に狭くなった気がしていた。 「何の為にやっているのか?」と聞かれたら「金の為」と答えるだろう。 それにしても社会に出てこれほどまで金の重みを感じるとは思わなかった。 精神と体力と時間をすり減らしてその代償に貰う金は、言葉通り「命」そのものにも思えた。 それと同時に自分は貧乏性なので毎月貯金をし、あまり大きな買い物は出来なかった。 だからこそストレスを消化出来ずに溜まっていったのかもしれない。 業務中は、パートの仕事を時間帯や休憩等を含めた都度割り振らなければいけなかったので、自分が食事をする時間が無かったりした。そんな時は恥を忍んで廃棄する商品を裏で食べたりもした。 他スタッフにそんな自分がどういった顔で見られていたのか・・・、想像したくもないな。 ある日、風邪を引いたことがあり「休ませて下さい」と電話越しにお願いしても休ませてもらえず、当日は危うく熱があるにも関わらず出勤し、冷凍庫内の整理をさせられそうにもなり上司からの「殺意」すら感じてしまった。 休日も休まることはなく、外出中のショッピング時に連絡が来てその場で上司に怒鳴られることもあった。 親に相談しても「泣きながら笑うのが接客」と言われ、最早逃げ場がなかった。
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