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「うわ、懐かし」
リビングのサイドボードの引き出しを引っ張り出して探し物をしてた柳さんが声を上げた。
「凛ちゃん。面白いもん見せてやる」
「何ですか?」
ローテーブルで夏休みの宿題をしていた私の前に、柳さんは一枚の写真を置いた。
少し古い感じの写真にはスーツ姿の若い男の人が5人写ってて。
なんかみんな妙に顔がいい。
「誰か分かるか?」
「えぇと……昔のアイドルグループですか?」
「惜しい!」
「じゃあわかりません」
「よく見てみろって」
柳さんに言われて写真を凝視する。
……この真ん中の人。
どっかで見たような……。
「もしかして……柳さん?」
「正解!」
柳さん今はカッコいいけど。
昔は可愛らしかったんだな。
「組織の同期で撮ったんだよな。もう3人死んだけど」
「……そうなんですか」
確か柳さんと及川さんって同期だったよね。
彼は写ってないのかな。
「あ。もしかして及川探してる?」
「はい。居ますか?及川さん」
「居るよ。同期だから」
……どの人だろ。わかんない。
及川さんのこと好きなのに。
「それ。その左の端っこ」
「……これですか?」
スラッとしていて凛々しい顔立ちの正統派イケメン。
これが若い頃の及川さんか。
よく見たら面影はある。
「同期ん中じゃ一番モテてたぜ。背は高いし顔はいいし性格もいいし」
「そうなんですか」
「あれ。反応薄くね?」
「確かにカッコいいですけど……今の及川さんの方がステキです」
私が言ったら、柳さんは引いた。
「……凛ちゃん老け専?可愛い顔して」
「違います!オジさんだから好きなんじゃなくて、及川さんだから好きなんです!」
「そういや甲斐にも塩対応だよな。アイツ若くてイケメンなのに」
「甲斐さんには興味無いですけど」
「やっぱ普通じゃねーわ凛ちゃん」
失礼な。
「及川、写真嫌いでさ。これくらいしか残って無いんだよな」
「そういえば……この間、及川さんと出掛けた時にプリクラ撮ろうって言ったら断られました」
「写真撮られたら魂取られるとか思ってんじゃねーの」
「……いつの時代の話ですか」
「何の話だ」
ウワサをすれば及川さん。
私が手にしている古い写真を見た彼は顔を曇らせた。
「まだ持っていたのか柳」
「俺も存在を忘れてたけどよ。残ってたんだよな」
「勝手に見せびらかすな」
「いいだろ。減るもんじゃなし」
……そんなに私に見られたくなかったの?
私のこと嫌いだから?
「凛。それを寄越せ」
「え……」
「俺が処分する」
「何でですか?」
「残しておきたくない」
「だから、どうして」
私は食い下がる。
彼が写真を嫌う理由が知りたかった。
及川さんは俯いて、小さな声で言う。
「……自分が生きた証を残したくない」
……そうか。
彼はこの世から綺麗に居なくなりたいと思ってる。
誰の心にも残らないように。
でも無理だ。
私は。私だけは絶対に忘れないから。
「及川さん」
「……何だ」
「写真、撮りましょう」
「どうしてそうなる。俺の話を聞いていたか?」
「私、及川さんと一緒に写った写真が欲しいです」
「嫌だと言っている」
本当に強情なんだから。
私も人のこと言えないけど。
「私たち、恋人ですよね」
「それとこれとは話が別だ」
「普通のカップルみたいなことがしたいです」
「俺に普通を求めるな」
そうなんだけど。
わかってるけど。
「まあまあ。痴話喧嘩はその辺にしとけって」
「痴話喧嘩じゃない。前向きな話し合いだ」
「俺にはイチャイチャしてるようにしか見えねーけど」
柳さんが手にしてたのはポラロイドカメラ。
「コレ探してたんだよ。見つかって良かった」
「何を撮るんですか?」
「凛ちゃん」
「私?私はダメです」
「何で」
「だって可愛くないですし」
そう言ったら柳さんは呆れたような顔をした。
「無自覚って罪だよな」
「どういう意味ですか?」
「俺さ。自分の家族が出来たらいっぱい写真撮って残そうと思ってたんだよ」
柳さんは手の中のカメラを撫でて、遠い目をした。
「でも叶わなくてな。すっかり忘れてたんだけどよ。凛ちゃん見てたら思い出してさ」
「私を……?」
「娘が欲しかったんだよ俺」
……そうなんだ。
柳さんは私のこと、娘みたいに思ってくれてるんだ。
「っつーことで、撮らせろ」
「え。イヤです」
「この話の流れで断るか?」
「どうせなら甲斐さんとか、キレイな人を撮った方が」
「何が悲しくて犬の写真撮らなきゃなんねーんだよ」
視界の端で及川さんが席を外そうとする。
私は慌てて彼の腕を掴み引き留めた。
「及川さんと一緒なら撮ってもいいです柳さん!」
「マジか。仕方ねーな。じゃあ及川も撮ってやるよ」
「断る」
及川さん、まだ折れないか。
「お願いします及川さん」
「無理だ」
「何でもしますから!」
「……何でも?」
「何でも!」
及川さん、ちょっとニヤけてる?
何。怖い。
「仕方ない。撮らせてやる」
その代償が何なのか分からなくて私は怯えた。
後は及川さんが積極的で。
肩を抱かれた私は戸惑った。
ノースリーブの服だから直接、肌が触れ合う。
それだけで恥ずかしくて。
これ、キスとかしたら死ぬかも。
「凛ちゃん。もっと笑ってくれねーかな」
「……無理です」
「何で」
「だって……近い……」
「及川と撮りたいって言ったの凛ちゃんだろ」
「そうですけど……」
こんなに緊張すると思わなかった。
冷房が入ってるのに汗が止まらない。
どうしよう。
「凛」
泣きそうになってる私の髪を、及川さんは優しく撫でてくれた。
「怖がるな。何もしない」
「……それはそれで辛いです」
女としての魅力を感じないってことだから。
「していいなら今すぐ押し倒したい」
「それはダメです!」
「どうして駄目なんだ」
「だって……」
私は柳さんに視線を向ける。
「あ、俺のことは気にしないでいいぜ。黙って見てるからよ」
「そういうことだ」
柳さんが見てる前で……するとかありえないでしょ。
大人って平気なの?そういうの。
「あー、もういい。及川、凛ちゃんから離れろ」
「嫌だ」
「俺は凛ちゃんが撮りたいの」
「凛は俺と撮りたいんだ」
険悪なムードの2人にオロオロしてたら玄関の引き戸が開く音がする。
「こんにちはー!及川さん、ご注文のアイス買って来ました!」
甲斐さん……!グッドタイミング!
「あ、あの!私、アイス食べたいです!」
私が手を上げると及川さんと柳さんは口論をやめてくれた。
リビングに入って来た甲斐さんは場の空気を全く気にせず、「ここは涼しいですね」と言いながらレジ袋からアイスを出してテーブルに並べ始める。
私は慌ててノートや教科書を片付けた。
レトロで可愛いパッケージのカップアイス。
私はひとつ手に取って見る。
「わ、これコンビニ限定のアイスですね。人気でなかなか買えないのに」
「8店、回ったからね」
さすが忠犬。及川さんの為なら何でもする。
「及川さん、このアイス好きなんですか?」
何気なく聞いたら、彼は何故か黙り込んだ。
アイスが好きなの恥ずかしいことだと思ってるのかな。
あれ?でも確か及川さん、甘いもの苦手だったよね。
じゃあ、何で?
「……お前が食べたいと言っていたから」
「え……」
確かテレビCMで流れてて、「美味しそう」と言った記憶はあるけど。
「甲斐が何か買って行くと言ったから頼んだんだが。まさかそんなに品薄だと思わなかった。悪かったな甲斐」
「いいえ!及川さんの頼みですから!」
及川さん。私の些細なひと言も聞き逃さないんだ。
それって……好きだから?
「愛されてんなー凛ちゃん」
「……はい」
限定アイスはシンプルなバニラだったけど。
幸せな気持ちも上乗せされて最高の味だった。
「じゃ、仕切り直しで。凛ちゃん。及川と撮ってやるよ」
「いいんですか?」
「良いも悪いもねーだろ」
「お願いします」
私は及川さんの左隣に座る。
彼はすぐに私の肩を抱いた。
及川さんは女性に慣れてるから涼しい顔。
私はと言うと、また緊張してる。
「ほら、凛ちゃん笑って」
「……はい」
「犬。なんか面白いこと言え」
「何で僕が。僕は今、嫉妬してるんです」
「嫉妬?」
「僕も及川さんと一緒に撮りたいです」
甲斐さん本当に及川さん大好きなんだな。
彼を独り占めして申し訳なくなった。
「わかったわかった。次、お前と及川を撮ってやるから」
「本当ですか!?絶対ですよ!」
甲斐さん可愛いな。なんて思ってたらシャッターの音が聞こえた。
「え……もしかして今、撮りました柳さん」
「撮った撮った」
「ちょっと待ってください!完全に油断してたんですけど!」
「自然体でいいだろ」
「よくありません!」
カメラから吐き出されたフィルム。
少しずつ2人の姿が浮かび上がる。
そこには完璧な笑顔の及川さんと、ぼんやりした表情の私が居た。
「……撮り直してください!」
「可愛いじゃねーか」
「嫌です!ちゃんと可愛く撮ってください!」
私の必死な訴えを受け、柳さんは渋々頷く。
「わかったわかった。……あれ。用紙切れ」
「え!?」
「わりぃ。最後の1枚だソレ」
「僕と及川さんの写真は!?」
「撮れねーな」
がっかりする私と甲斐さんを無視して、及川さんは写真を手に持ってまじまじと眺めてた。
「若い頃よりいい男だな」
「自分で言うか」
柳さんのツッコミ、いつも的確だな。
写真の代償に及川さんが私に要求したのは肩たたきだった。
えっちなことじゃなくて良かった。
夕食の後。
柳さんは居なくてリビングに2人きり。
私はソファに座る及川さんの後ろに立つ。
肩たたきなんて小学生以来な気がする。
及川さんオジさんだけど鍛えてるから、結構筋肉が凄い。
事務系の仕事のお父さんとは全然違う。
殺し屋の及川さんが無防備に背中を向けるって、そうは無いのかも。
私のこと信頼してくれてるんだよね。
だから、ちょっとイタズラしたくなった。
肩を揉みながら彼の項に唇を寄せる。
気づかなかったら殺し屋失格かも。
「そこじゃない」
及川さんの右手が私の左手を掴んで。
思い切り引っ張られたからお腹がソファの背もたれに乗って足が浮く。
そのまま私の身体は回転させられて、気づいたら及川さんの脚の上で仰向けになってた。
彼は私を至近距離で見下ろして。
「どうせなら口にしてくれ」
って真顔で言った。
……さすがは最強の殺し屋。
後ろにも目がついてる。
私なんかが敵うわけない。
なんて考えてたら彼の手が私の頬を撫でて。
優しい目。何人も人を殺してるなんて思えない。
「凛」
「はい」
「好きだ」
この状況で、そんなこと言われたら。
何でも許してしまいそう。
頬を撫でていた手が首筋へ。
更に下へと向かったから、私はきつく目を閉じた。
やっぱり怖い。
彼のことは大好きだけど。
「今日はここまでだな」
「え……?」
「覗き見とはいい度胸だ柳」
「んだよ。気づいてたのか?」
舌打ちしながらリビングの戸を開けた柳さん。
いつから見てたの?
「俺に構わず続きしてもいいぜ」
「お前に凛の身体を見られたくない」
「ケチケチすんなよ。ここ俺の家だし」
そういう問題なんだろうか。
「凛」
「……はい」
「風呂の時間だ」
「はい。じゃあ、お先に」
「風呂から上がったら続きだ」
……続き。何の?
まさか……。
「何を考えている」
「なにって……」
「肩たたきの続きだ」
そっち!?
変に期待してしまって恥ずかしくなった。
「……っお風呂行ってきます!」
私は逃げるようにリビングを飛び出す。
それでもドキドキが止まらなかった。
及川さん。いつでも私を襲えるんだって。
その気になれば何でも出来るんだって、わかってしまったから。
それなのに何もしないのは彼の優しさ。
私を傷つけたくないと思ってくれてるんだ。
「私は……」
彼の想いに応えたい。
そろそろ覚悟を決める時が近づいているのかもしれない。
【 完 】
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