AT1-1 宇宙一のクズ野郎!

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AT1-1 宇宙一のクズ野郎!

 約五十年前!  敗戦を乗り越え、さらなる危機にさらされ続けた高度経済成長期の日本を支えた一人の英雄がいた。その名も、“アブソリュートミリオン”。身長四十メートル、体重三万五千トンの大巨人は、度重なる怪獣危機や異星人の侵略を退け、最後はその命と引き換えに最強の侵略者フォール星人とその切り札マグナイトを倒すことに成功した。こうして日本、地球に侵略者や怪獣は現れなくなり、二〇二〇年の現代においてもアブソリュートミリオンを英雄と称えるものは多い。  〇 「古谷くん。それ、何聴いてるの?」 「ん? あぁ。エミネム」  約五年前。これがこの作品のガッカリヒロイン望月(モチヅキ)(カナエ)の初恋だ。  鼎と古谷くんは幼稚園も小学校も中学校も一緒じゃなかったが、鼎が中学で仲良くしていた子たちと小学校が一緒で、鼎たち公立校のグループが放課後、お金持ちのホンダさんの家で遊ぶのに、古谷くんもいつも参加していた。  古谷くんは中学受験で東京の中高一貫の男子校に進学しバスケ部にいたが、下は中一、上は高三の広い年齢層、上下関係などに馴染めず中二で退部した。そして居場所がなくなった古谷くんは、地元で放課後を過ごすことになった。 「髪の毛カッコいいね」 「んあ? これ? ヘアジャム」 「靴もカッコイイね」 「これ? バッシュ。エアジョーダン」  それでも古谷くんは、上は高三の中高一貫男子校の元バスケ部。鼎たちのような、東京の植民地みたいな埼玉のハズレ町の女子中学生にはとても大人で、魅力的に見えた。人生にはモテ期が三回来ると言うが、古谷くんの三回のモテ期のうちの一度はあの中三の時だろう。しかし、古谷くんはあれだけ調子に乗っていたのに、誰とも付き合わなかった。鼎とも!  それが鼎の初恋。そして敗北。そしてこの敗北が、鼎にとって単発の負けなのか、連敗になるかは、あれから五年も経った今でもわからない。 「……」 「……」  そのまま誰とも付き合わず、誰も好きにならず大学生になり、オタクサークル“超常現象研究会”に入ると、女子は鼎一人、六人のオタクにチヤホヤされる“オタサーの姫”になったのだ。今の鼎なら、古谷くんの気持ちがわかる。人に好かれるのは気持ちいいが、その好いてくれている相手に報いることは実はしなくてもいいのだ。 「勝てば勝つほど、弱くなるモノってなんだ?」 「え? 防御率ですか?」 「正解は雑魚とパチンコでぇす。雑魚は狩れば狩るほど狩った方の評判が落ちる。雑魚だけ選んで防衛してるようなチャンピオンとか批判されるでしょ?  勝てて当たり前の雑魚しか相手にしてないし。ケンシロウがラオウやサウザーと戦わないでヒャッハーの雑魚だけ倒してたらそれはもうケンシロウという名のヒャッハーだ。これってなんにでも当てはまらねぇ? ツイッターで女子大生と名乗ってアニメアイコンに絡んで好かれてモテ期と思ってるようなやつはマジで不名誉な数字だけ積み上げた価値のない雑魚専だ。イワシを五百匹食っていい気になってるより、たとえボコられようとサメに一回ケンカ売って土下座して許してもらうほうがよっぽど価値がある。だから雑魚狩りをしてるやつは、一定以上の数の雑魚を狩るたび弱くなる。雑魚にしか勝てねぇやつは雑魚より紙一重強いだけの雑魚だ」  鼎はこの厄介な客のおしゃべりを聞くのをやめた。  爆音が響くパチンコ店、ここが鼎のバイト先だ。オタサーの姫と言えど、献上してもらえるのは学食のカレーや野菜ジュース程度だ。好かれてはいるが、裕福な暮らしは出来ない。そのため、彼女は「高額バイト!」の謳い文句に釣られ、このパチンコ店のホールでバイトをしているのだ。 「次に、勝てば勝つほど弱くなるのはパチンコだ。どれだけ勝っても賭けられんのはこんだけかァ? ナメやがって! こんだけ勝ってんだ! もっと賭けさせろ! なぁ? なぁお姉さん!?」  厄介な客の口元のタバコがへし折れる。フィルターを噛み潰してしまったのだ。遮光の入ったメガネに『CRアブソリュートミリオン』の光をチカチカ映し、的外れな怒りを鼎に向ける。 「やめてください。警備員を呼びますよ!?」 「……まぁそういうこった! 俺に賭けさせてくれるなら、もっとデカい金をこの店にやれるぜ。中野のキャバクラのフウカちゃんがパチンコ店にしかねぇアニメのライター欲しがっててなぁ!? でっかく賭けてぇんだが」  メガネの客は噛み潰したタバコを灰皿に押し付け、次のタバコに火をつけながらコインを投入した。 「……」  爆音の中でタチの悪い客にダル絡みされただけのことだったが、鼎の中にいくつかの不安や不愉快を感じさせた。  雑魚狩りで積み重ねた数字は不名誉。まさにオタサーで姫のように振舞う自分のことではないか。オタサーという雑魚の中では最強……。無意味だとは思いたくない。  オタサーの姫でい続けるために! 自分磨きは欠かさない! バイトで稼いだ自分の金でしっかり自分をベストに仕上げる。そういう点で言えば自分はある程度報いているので、無情じゃないし悪い姫ではないな! 素材五十点を無理矢理化粧や愛嬌で九十点いや、八十点……七十五点まで上げてるけど!  そしてもう一つの方も。 「俺に賭けさせてくれるなら、もっとデカい金をこの店にやれるぜ」  まだ一か月しか働いていないが、この自分が働いているこの店、ちょっとヤバイかもしれないのだ。いつ入ってきていつ出たのかわからない客がたまにいるし、そういう客はパチンコ店に来るには高級すぎる服や腕時計を身に着けている。そしてそういう客がホールで打っている姿を見たことはない。もしかしたら、この店……。闇カジノもやってるんじゃないか? さっきの客は、闇カジノに連れて行けと暗に言っていたのだろうか? ヤバいヤバいヤバい。 「望月さん」 「はい」 「ちょっと事務所来てくれない?」  店長のオオムラは、やせ細って気弱で声の小さい雇われ店長だ。こんな店長に闇カジノをやる度胸があるだろうか? 鼎はあまり長くこの店、いや、この業界にいる気はなかった。ヤニくさいし爆音で耳もおかしくなるし、こんな店長のようにはなりたくない。もっと! 姫にふさわしい、フラワーアレジメント教室とか……。安くてもいいからそういうバイトに転職したい。店長を見るたびにそう思っていた。こんな大人にはなりたくない、と。だからフラワーアレンジメント教室のバイトでも多少は財布が持つくらいの貯金をこの業界で稼ぐため、今日一日くらいはやっておこうと……。ズルズルズルズルと決断を先延ばしにする。この悪癖がなく、中学生だったあの頃、決断的に古谷くんに告白できれば、早めの初体験ぐらいは出来たかもしれない。 「望月さん。こちらタナカさんです。こちらはヤマダさんと、ワタナベさん」  オオムラ店長が紹介したタナカは、鼎が不審に思っていた身なりのいい男だった。銀のフレームのぎらついたメガネをかけ、オールバックの髪には整髪料か、光沢が湧いている。白いスーツは不自然なまでに汚れがない。ゴツい金の指輪と、文字盤よりも装飾品の宝石が目立つ腕時計だ。そしてヤマダ、ワタナベはパチンコ店では珍しくない、髪を染めて派手なジャージを着たヤンキーだ。だがヤマダの目の周りには殴られた形跡……青あざがある。事務所は、パチンコ店の中とは思えないほど静謐だ。こんなに静かな場所だったなんて……。自分の鼓動だけが鼓膜に届く。 「君が望月さん?」 「え、はい」 「いやぁ今、女の子いなくて困っててさぁ。助けてくれるよね?」  ヤバいヤバいヤバい。まだエロい経験とかしたことないのにヤバいことさせられる流れがもう来てる? 闇カジノだけでなく風俗やAVの強要も? いくら払えば見逃してもらえるだろうか。親はいくらまで出してくれるだろうか。 「困ります……」 「望月ちゃんがやることは簡単~。電話でこのセリフを言ってくれればいいから」 「電話?」 「はい。流産してしまいました……。ってね。出来るだけ苦しそうに」 「流産……」 「出来るだけパニクった風に言ってくれればセリフの追加もないから」 「ちょっと待ってください。これ、オレオレ詐欺ですか!?」 「口を慎め。母さん助けて劇団の間違いだ。今、女優がいなくてねぇ」  ヤバい……。 「それともアレか? 出来ないか? 今更しらばっくれようとしても無駄だからね? ヤクザの違法パチンコ店で働いてたったバレれば警察が来るよ? 内定も取れない。ならいっそ、こっちに来ちゃいなよ」  ヤバイヤバイヤバイ。さらっとこの店がヤクザの違法パチンコ店ってこともわかっちゃったが、これはまだ「知らなかった」で多少はどうにかできるだろう。だがオレオレ詐欺でセリフを読むのはもうアウトだ。完全に自分の意思で犯罪に加担したことになる。この瞬間、鼎の脳内にさまざまな記憶がよぎる。両親からはおだてられて育ったこと、赤ん坊の頃のアルバムには「我が家の人気者」と書かれていたこと、調子に乗る性格で小学校時代はイキっていたが中学、高校はイマイチだったこと、大学でオタサーの姫になり、再びおだてられる人気者の日々に戻れたこと……。暴力団の犯罪に加担することは社会的な死にも等しい。鼎が走馬燈を見るのも無理はない。いくら彼女が無知でもそれぐらいはわかる。 「嫌……」 「少し、昔話をしようか。ッてなんだオイ!」  事務所の扉が蹴破られ、静かな事務所にパチンコの爆音とヤニのにおいが流れ込む。それでも生きて再び吸えたシャバの空気に鼎は感謝すらした。 「昔話ってのはこうだ。約五十年前! 敗戦を乗り越え、さらなる危機にさらされ続けた高度経済成長期の日本を支えた一人の英雄がいた。その名も、“アブソリュートミリオン”。身長四十メートル、体重三万五千トンの大巨人は、度重なる怪獣危機や異星人の侵略を退け、最後はその命と引き換えに最強の侵略者フォール星人とその切り札マグナイトを倒すことに成功した。こうして日本、地球に侵略者や怪獣は現れなくなり、二〇二〇年の現代においてもアブソリュートミリオンを英雄と称えるものは多い。今でも『CRアブソリュートミリオン』が人気だが、ミリオンは暴力装置だから憲法違反だし、未だにミリオンの再来を願ってるのは過激な思想を持ったやつか、犯罪者予備軍のオタク野郎。ミリオンのせいで異星人の社会進出は五十年遅れたが、今が五十一年目になる、みたいなことだろ? 異星人のヤクザさん」  扉を蹴破り、偉そうな顔でヤクザたちを挑発したのは、さっきホールで鼎に絡んだ薄く遮光の入ったメガネをかけた青年だ。フィルターまで火が達したタバコの煙を整髪料たっぷりのタナカの髪に吹きかけ、吸わせる。 「ミリオンのせいでエイリアンは違法ギャンブルとぼったくりバーとオレオレ詐欺と窃盗ぐらいしか出来なくなっちまったもんなぁ?」  今度はヤマダの肩に手を乗せ、顔のあざを覗き込み、挑発的に後頭部をタナカにさらす。 「なんだお前」 「カチコミでぇす」 「なんだこのガキ。死にたいのか?」 「俺の始末だけで終わればいいんだろうけどなぁ。この女にももうバレちまったぜ。お前たちがエイリアンの犯罪者だって」 「おいオオカワ、扉閉めて来い。ワタナベ、二人とも始末しろ」  ヤバいヤバいヤバい! 「わたしは! こんな人知りません! セリフを読みます! 協力しますんで、命だけは助けてください!」 「いや関係ない。代わりの女優ならいくらでもいる」  ワタナベが懐から拳銃を抜いた。 「へぇ、エイリアンって言っても訳わからねぇレーザー銃とかじゃねぇんだな」 「あああ何なのよコイツ!」  ジャキッ、パァン!  放たれた弾丸は逃げる余裕を与えず、望月鼎(20歳)の胸に命中。最後まで自分の意思で決断することが出来ない人生だった。おだてられるとか、そういうことをされる人生というのは結局、他人次第で空しいものだ。 「で、どうするカチコミ坊や。お前のせいで地球人が一人死んだぞ。お前も宇宙人だろう?」 「カチコミ坊やじゃねぇ。フジ・カケルだ。またの名を、アブソリュート・アッシュ」  タナカはその名に覚えがあった。かつて、自分たちの先祖から地球を守った英雄、アブソリュートミリオンには三人の子供がいる。長男の「レイ」、長女の「ジェイド」、そして次男の名が……。 「アブソリュート・アッシュだと?」 「名前だけでも覚えていってくださいねぇ。シェアッ!」  フジと名乗った青年がワタナベを指さすと、手から拳銃が弾かれ宙を舞う。その指を壁に向けると、ワタナベが壁に叩きつけられて血を吐き、めくれた壁紙を汚した。目を白黒させて驚くワタナベと拳銃を取り出すタナカとヤマダをメガネに映し、フジは不敵に笑った。 「シッ!」  そしてフジが右掌を突き出すと、タナカとヤマダの弾丸は耳障りな音を立てて空中で弾かれ、フジの足元を空しく転がる。 「タナカさん! こいつ奇妙な念力を使います!」 「言わなくてもわかるだろうがボケナス! どうでもいいからそいつを殺せ!」  意を決したオオカワが後ろから額縁で殴りかかるが、フジが指をさすだけでオオカワも額縁も凍ったように停止してしまう。 「何がしたいんだオイ、アブソリュートのボンボンが。何に困ってやがる」 「賭場荒らし。お前らの金庫の金を丸ごと奪う」 「あぁ?」 「今、親父からの“仕送り”が止まって金に困っててねぇ。で、ちょうどよくヤクザ宇宙人の闇カジノを見つけちまった」  ヤバいヤバいヤバい。  望月鼎(20歳)は生きていた。確かにワタナベの弾丸は鼎に命中し、彼女を仰向けにブツ倒したが、致命傷にはなっていなかった。自分が生きているのはこのフジと名乗った男の“念力”だと、死んだふりをしたまま盗み聞きした今はわかる。死んだふりをする、という決断は正しかった。フラワーアレンジメント教室やケーキ屋さんに転職するチャンスはまだある。 「お前らを殺しはしねぇ。ただし無事のままにもしない。このフジ・カケルには二度と手が出せないってことをまずは体で覚えてもらうぜ。報復なんて馬鹿げたことをしようなんて思わないようにな!」  そこから先は鼎も見ていない。ただ悲鳴や嗚咽、嘔吐、銃声など暴力的なサウンドだけが勝手に鼎の耳に流れ込んできただけだ。 「ふぅ~。これっぽっちか」  暴力的なサウンドが止み、再びパチンコの音が耳障りになってくると、鼎の体がフワッと浮いた。フジの掌がすぐ目の前だ。宙に浮いた経験はそもそもないが、こんなに体が軽いものなのか? 特撮やSF映画やなんかでは、飛んでいるヒーローや飛行機は糸で吊ったりしているのだろうが、今は吊られている感覚もない。床に触れている感覚がそのまま上にスライドし、鼎の標高だけが高くなっているのだ! 「お姉さん、いくつ?」 「……」 「生きてんのは知ってるから」 「……十九歳」 「大学生?」 「……はい」 「うっはぁ、女子大生と来た! 美人の友達紹介してくれよぉ! 今、ここに一千万ある。一千万でホイホイついてくる女の子……。一千万あればもぉう!」 「あの、わたしはどうなるんですか?」 「どうすっかなぁ」 「!!!」  ノープランで助けられた!? だが鼎が考える番だ。この“フジ・カケル”は“念力”を使って“宇宙人ヤクザ”の“闇カジノ”を“襲撃”し、“一千万円”を“強奪”した! 異星人がいることは学校で習っていたので知っているし、たまに選挙にも出るが、異星人の犯罪者やあのアブソリュート一族に会ったのは初めてだ。命は無事で済んでも、記憶や身柄が保証される理由はない! パチンコ店から足を洗ってフラワーアレジメント教室やケーキ屋さんに転職したかった記憶も消されるかもしれないし、二度と地球に戻れないかもしれない。親に頼んで身代金を払ってもらうのも無理だろう。何故ならこのフジは今、一千万円もの大金を手に入れたのだから。 「マ、マネーロンダリング!」 「ん?」 「わたしは大学で消費社会学と経済学と経営学を履修しています! そのお金、異星人ヤクザから奪ってそのままでは使えないでしょう!? 偽札かもしれないし! わたしが使える金にしますので、助けてください!」 「それも犯罪だろ?」 「なんとかします! なんとかしますので命だけは助けてください! その代わり、異星人ヤクザからは守ってください!」 「……フン、面白いやつだ。ちょっと気に入った。一千万円! お前さんに預けるぞ。いいか。お前さんを宇宙風俗や宇宙AVに売っぱらってもせいぜい十五万だ」 「十五万!? 安すぎ?」 「地球人は多すぎるからな。今じゃ女優の数の方が多い」  でも相場がわからないとは言えない。金のことには詳しいふりをしてこの場をやり過ごすと決めたのだ! 「お前さんが一千万どっかで使っちまったら俺の手元に残るのはお前さんを売った十五万だけだ。さしひきで信頼の九百八十五万。ちゃんとやれよ。成功したら何割かくれてやる」 「じゃあ降ろしてくれませんか?」 「勝手に降りろ」  フジが掌を床に向けるとゆっくりと鼎の体は事務所の冷たい床に触れた。 「口座の名前は?」 「アブソリュート・アッシュ……。いや、不二(フジ)(カケル)だ」
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