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先輩が苦手だ。というより、先輩との移動が苦手だ。何を話したらいいのか皆目検討もつかないし、この人のプライベートは謎に包まれている。というのも、この人、他人と会話をする気がないのだ。きっと会社の誰しもが私と同じことを考えているに違いない。
私はちらりと隣の席に座る先輩の横顔を盗み見る。
のどかな昼下がり、人もまばらの電車。
ガタタンガタタンと揺れる音以外は車掌さんのアナウンスの声くらいしか聞こえない。
眠い。でもやはり先輩との移動という状況であるからには後輩が居眠りするわけにもいかない。
なんとかして目を覚まそうと昨日の夜に見たお笑い番組のコントを思い出そうとする。
あれ、結局どんなオチだったっけ?
「佐渡さん」
突然隣から自分を呼ぶ声が聞こえて、別になにもやましいことなどないというのに叱られる直前の子供みたいに佇まいを正したりする。
「はい、なんでしょう?」
「別に、寝てていいですよ」
そんなにあからさまに眠そうにしてたのかと思うとそれはそれで恥ずかしい。
「いえ、大丈夫です。それより篠宮さんはさっきから何をしているんですか?」
先輩はずっと表情ひとつ変えずにスマホをいじっている。眉間にシワが寄ってたからニュースでも見てるのかなと思っていたけれど、それにしては指の動きがなんか違う。
「ゲーム」
「は?」
「スマホゲーム。だから、僕も好きなことしてるんで、寝てていいですよ」
呆れた。
この人、私が必死に会話の糸口を探したり眠気を追い払おうとしていた時にずっとゲームしてたのか。
「つかぬことを伺いますが、一体何系のゲームを?」
「音ゲー」
「音ゲ…え?」
先輩の耳にはイヤフォンなんてものはついていない。もちろん電車の中で音を鳴らすようなノンモラルな人ではない。
「音ゲーって…無音で?」
先輩はこともなげに頷いてみせる。
「覚えてるから」
なるほど、BGMは脳内再生していると。
でもそれ、果たして面白いのだろうか。
「篠宮さんって、変ですね」
私がそう言うと、先輩は興味深そうに私を見た。やってしまったかなと思うが、口から出てしまった言葉はもうどうにもならない。
沈黙。
ガタタン、ガタタン。
「すみません。失礼でしたよね先輩に向かって。あの…怒ってます?」
先輩はなぜそんなことを聞くのだと困惑した顔で首をかしげた。
「怒ることありました?」
「へ?」
「僕はただ、他人に対してそんなにストレートに変って言う人初めて見たなぁと思っただけです。それと同時にすごくしっくりきたというか、腑に落ちた感じがあって。なんか、感動した」
「感動…?」
「変わってるよねって言われるよりも、変って言われた方が、正しい気がして」
それが変人たる由縁だろうよと思う。
なんだか何を話してるのかこちらがよく分からなくなってきた。
「あ、佐渡さん、ここで降りますよ」
「え、ああ、はい」
先輩はスマホをポケットに入れて、速度を落としていく車窓の景色をぼんやりと眺めていた。
そういえば、こんなにこの人と喋ったのは入社以来初めてかもしれないと、私は至極どうでもいいことを考えて席を立った。
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