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第一話 : 夜桜と月見酒
大都会の片隅に、二棟の大きな屋敷が軒を並べるその庭の縁側で、男女が肩を並べている。
二人は花盛りの庭を眺めながら、甘い香りを堪能し酒を飲んでいた。
そう聞くと、皆様は何とも麗しき世界を想像するだろう。
しかし、現実はそうでもない。
「あっ、蜜!それは俺の日本酒だって言ってんだろーが!」
「齢三十五歳ともあろう男が、日本酒一杯でうるさいな」
「なんで開き直ってんだよ。はぁ…、これだからお前と飲むの嫌なんだよっ!」
そうは言うけれど、毎回私の誘いに二つ返事をするのは誰だ。
「嫌なら呑まなきゃ良いでしょ?」
「そういうことじゃねぇ!」
「じゃぁ、どういうことよ。あ、もしかして…、翡翠ってドMなの?」
「あのなぁ、お前の目は節穴か?あと、お前は年下なんだから『さん』を付けろ」
そう言ってメガネの奥で睨み付ける彼は、私の腐れ縁で想い人の椿翡翠。
自分はこの人をとても好きなはずなのだが、幼き頃より今は亡き祖母に大変厳しく育てられたため、性格が歪みに歪んで絶賛初恋を拗らせ中だ。
それにしても、以前友人が言っていたことは本当なのだと彼を見て思う。
『十個くらい歳上の男性は最高よね!』
この台詞に清き一票。
黒いスエットに身を包み、隣で優雅に地酒を嗜むこの人は、焦げ茶色の無造作ヘアーに黒淵メガネで、見た目こそ年齢より若く見える。
けれど、無邪気な少年心が残っている割に、ふと見せる歳上の頼もしさがずるい。
「蜜、そんなに見るな。襲うぞ」
あと白い肌を赤らめながら、少し酔ったときに醸し出す色気。
こんな本気度が微塵も感じない発言にすら、彼との夜を想像し、少しの可能性に可笑しくなりそうになるのだから、私は心底生きにくい。
「…別に見てない」
「なんだよ、素直じゃないな」
「そんなに騒いでると、また私のお父さんから叱咤が来るよ」
「…それは怖いわ」
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