151人が本棚に入れています
本棚に追加
/142ページ
そもそも翡翠と飲むようになったきっかけは、彼の父親代わりだった祖父が病に倒れた頃だ。
恍惚と輝く月の下で、金木犀を眺めるその寂しげな背中が切なくて、胸が締め付けられた。
だから少し無理をして、齢二十歳を過ぎたばかりの私は、飲みなれていない缶酎ハイを片手に、景石に腰を下ろす彼のところへ押し掛けたのだ。
『翡翠、私も付き合ってあげる。隣の石貸して!』
『はぁ?来なくていいし。勝手に座るな、もう子どもは寝る時間だろ』
『私は子どもじゃないよ。この間の振り袖姿見たでしょ。驚いた?』
『よく着物着てんだろ。そんな変わんねぇよ』
『何それ、女心まるでわかってない』
すかした顔で月を見上げながら言い切られて、当時結構傷ついた。
『違う、そう言う意味じゃない』
けれどそのすぐ後に、彼はこちらを向いて口角を上げると、拗ねる私にその意味を教えた。
『蜜は何を着ても、何でも様になるって意味だ』
昔から流派の違いにより仲の悪い祖父母の影響で、互いに憎まれ口を叩く間柄ではあったけれど、大人になって気づいたのは、この人は嘘をつかない人だということ。
時折それが仇となって、口が悪い人に思われるけれど、本当は誰よりも人に対して誠実な熱い男だ。
『わ、わかりずらいよ』
『わかれよ。俺とお前の仲だろ』
『…私たちって、どんな間柄なの…?』
『そうだな…、男友達的な感じか?』
小さな期待を胸に抱いて問いかけた私だったが、まだまだ浅はかだったことを思い知らされた。
『お、男!?』
『お前は気が強いが仲間思いだし、肝も座ってるもんな!』
『最低…、この万年小学生めっ!』
この後からも結局扱いは変わっていなくて、私は今でも男友達というイメージを払拭できないでいるのだ。
ただ自分では、あの時よりも色々と成長出来ていると思うのだが、この努力が報われる日は来るのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!