水中の記憶

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水中の記憶

来夢(らいむ)、随分派手に暴れたんだって?」  翌日の午後、俺の病室に長身の男がやって来た。コイツは……“俺”の親友。ええと、名前は……勇貴、そう、羽出勇貴(はいでゆうき)だ。年齢は、互いに17、10年来の幼馴染み……らしい。 「なんだよ、ぼんやりして。頭は打ってないんだろ?」  クリッとした大きな目を細めて苦笑いしながら、ベッドの下から丸椅子を引き出して勝手に座る。 「フン。溺れただけだからな。お蔭で骨折すらしていない」 「じゃあ、なんでまだ病院(ここ)にいるんだ」 「ばあちゃんが……『1週間は、様子を見ろ』ってさ」 「ああ。いつものヤツか」  勇貴は肩をすくめ、大袈裟に溜め息を吐いてみせる。 「お、ゼリーみっけ。萬國(ばんこく)屋のヤツじゃん」  備え付けの冷蔵庫から、祖母が持ってきた高級フルーツゼリーを取り出して、これまた許可も求めずに食べ始めた。  その無邪気な横顔を眺める――“俺”の胸の内は、穏やかだ。親友の無事な姿に、心底安堵しているらしい。  昨夜遅く、俺は再び目を覚ました。  最初に目覚めたとき、我が身がこんな……卑しい人間に変わってしまったことに激しく混乱したが、ひと眠りして、徐々に記憶が蘇ってきた。  この身体は「黒須来夢(くろすらいむ)」という青年で、彼は池に落ちた女の子を助けようと飛び込んだ親友を、更に助けようとして……溺れた。格好付かないが、泳げなかったわけじゃない。池の底から黒い水草がシュルルと伸びてきて、勇貴の足に絡み、引きずり込もうとしていたから、それを必死で引き千切った。結果、溺れたわけだが……“俺”は確かに見たんだ。 「おじさんから連絡は?」  プラスチックのスプーンを咥えたまま、気づけば勇貴が俺の顔を覗き込んでいた。 「いや……このくらいのことじゃ来ねぇし。ばあちゃんも教えないだろ」 「そ、か。ごめんな、またお前を巻き込んだ」 「馬鹿言うなって。隣にいたら、喜んで巻き込まれてやる。お前が俺でも、そうだろ?」 「ん。あの女の子の親が、謝礼と一緒に持ってきた。落ち着いたら――行こうぜ?」  あの日、公園の池の側を通りかかったのは、塾をサボって映画を観に行くつもりだったからだ。封切りしたばかりの話題のパニックホラー、宇宙から来たゾンビが街中に蔓延って、それに立ち向かう高校生ヒーローの恋と友情、エトセトラ。  勇貴が胸ポケットから取り出したのは、見逃した映画の招待券(チケット)が2枚。 「サボって観に行くってのが、醍醐味だったのにな?」 「ま、そう言うなって」  チケットをポケットに戻してから、彼はテレビのスイッチを入れる。リモコン片手に番組をザッピングし始めた。 「お前、そろそろ帰れよ」  ブラインド越しの窓の外が、多分もう暗い。学校帰りの制服、彼はコートを着てきていない。 「面会時間、まだあるだろ」 「晩メシ、どーすんだ。俺のは、やらねーからな」 「個室だもんなぁ。豪華なんだろうなぁ」 「知らねぇよ。昨夜は寝てたから」 「もったいねぇー。あ、週末、雪降るって」  呑気に天気予報を指差して笑う。緊張感のない、くだらない会話。“俺”は、そんな空気感が心地良いと思っている。  結局、勇貴は病院の1階に入っているコンビニで弁当を買ってきて、俺の隣で食べると帰っていった。塾の終わりが21時だから、それよりは早い帰宅だとヒラヒラ手を振りながら。
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