チェリーブロッサム

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チェリーブロッサム

 桜の花びらが風に舞う。春というには、まだ肌寒い季節。雲ひとつない青空に、青春という日々が舞い散ってしまった季節。  高校生になると世界が一変した。それは自分を取り巻く環境どころか、人類の危機ともいえた。でもそんな事はどうでも良かった。僕にとっては学生生活が全宇宙だった。  休校が続き中学時代からの友達とも会えず、新しい友達なんてなおさらできなかった。野外学習も学園祭も体育祭もインターハイも中止。望みを託した修学旅行さえ中止になった。  僕らが自由に生きられたのはインターフェイスの中だけ。言葉も声も、姿さえも電子信号。バーチャルがリアルだなんて全然幸せじゃなかった。  高三になり、やっと文化祭の開催が決まった。お偉い大人たちが、なんにもできないまま世界の脅威は収束に向かっているらしかった。  文化祭の演劇で、中学時代から好きだった子が手を上げた。だから僕も手を上げて一緒に演じることとなった。  お互い本番に向け一生懸命に練習するうち、学校の外でも連絡を取り合うほど仲良くなった。そして僕は告白をした。 「ごめん。高校で唯一のイベントだし、今は演技に集中したいの。終わってから告白して欲しい。な。」 「わかった。約束する」  未来なんて口にできないほど何かもを奪われた三年間で、初めて実感できた未来だった。  文化祭前日、最後の練習中に彼女は先生に呼び出された。彼女がみんなに頭をさげた姿が今でも目に焼き付いている。彼女は濃厚接触者になった。  代役を立てて文化祭は無事に終わったが、それから彼女は不登校ぎみになり、僕は声をかけられずにいた。  卒業に向けてアルバムの写真が足りなくて、みんなで校内で撮りまくった。校庭のパイロンをかぶったり、フェイスシールドをシールでデコったり。みんなで手をつなぎ夕日に向かってジャンプをしたりした。でも、そのどこにも彼女の姿はなかった。  不自由ながら大学生活をおくる中で、彼女が浪人して大学を目指していることを知った。  センター試験前日。僕はやっと「頑張れ」の一言を文字で送ることができた。 「ありがとう。約束、覚えてる?」  彼女からの返信が、僕の中で凍結していた時計の針を動かした。鼓動に呼応して刻む秒針。未来へのカウント。  桜の花びらが風に舞う。春というには、まだ肌寒い季節。雲ひとつない青空に、シャワーライスが舞い散る今日。  僕たちは結婚した。 〈Fin〉
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