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「謙ちゃん、元気でね……。絶対、手紙書いてね」
野々花は大きな目に涙をいっぱいためながらそう言った。
「……うん」
本当はオレも野々花みたいに泣いてしまいたかったけれど、母さんの手前、ぐっと歯を食いしばると、絞り出すようにしてそう答える。
そして野々花に背を向けると、オレは何でもないように歩き出した。
ちょっとそこまでオヤツを買いに行ってくる、とでもいうように……。
けれど、もうここに帰って来る事は多分、一生ないんだろう……。
母さんと二人、無言で歩き慣れた通りを歩いていると、野島さんちの庭先から白い花びらが風に乗ってフワリと流れてくる。
野々花のウェディングドレスのようなそれは、オレ達の前をくるりと軽やかに舞うと、どこかに消えていってしまった。
母さんからその事を告げられたのは、2週間ほど前の事だった。
「お母さんとお父さんはね、別々に暮らす事にしたのよ」
その衝撃的な言葉に、オレはすぐにその意味を理解する事ができないでいた。
「謙介はお母さんとお父さん、どっちと暮らしたい?」
驚きで言葉を失っているオレに、母さんはすかさず質問を浴びせかける。
「良く考えて……。謙介の思う方で良いんだぞ」
父さんの声はいつも通り優しい。
けれど、その質問には、算数の問題みたいに最初から正しい答えが用意されているような、そんな風に思えた。
オレは二人の顔を見比べる。
オレと同じ一重瞼の父さんと、「良く似てる」と言われるちょっと上を向いた鼻とぽってりとした唇を持つ母さん。
正しい答えは……。
「……母さん」
オレが小さな声でそう言うと、二人はホッと息をついたように見えた。
何故だかオレはその時、親の離婚というショックよりも、答えを間違わなかった事に、安心感を抱いていたんだ。
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