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オレ達はその後、母さんの実家のある長野に移り住んだ。
オレの出した答えは本当に間違っていなかったようで、引越しも転校の準備も、そして新しい家の家具などもすでに用意されていた。
引越しまでの期間が短かったのは、時間をおく事でオレが嫌だと駄々をこねるのを避ける為だったのか、それとも父親の浮気で引越さなければならなくなった可哀想な子、と周りから見られないように、という親心からだったのか……、今となってはわからない。
結局作文の発表がある学校公開日の前に引越してしまったので、野々花のお嫁さんになりたい相手が誰だったかわからないままだ。
そしてその後の慌ただしさで、自分自身も作文に何と書いたのか忘れてしまった。
引越してからは、母さんは朝から晩までずっと働いていた。
オレは学校から帰ると、近くに住む祖母の家で晩御飯を食べ、遅くに帰ってきた母さんと少し話をしてから風呂に入って寝る、という日々を過ごした。
忙しくても、母さんは家で愚痴を言う事はなかったし、休みの日は無料の施設など少ない金で遊べる所へ連れて行ってくれた。
一生懸命良い母親でいようとしてくれている彼女に、オレは同じく良き息子でいようと努めた。
自分の意思よりも、予め決められている模範解答に辿り着けるように……。
時々母さんは一人でどこかに出かけていた。
中学を卒業する頃になると、それがどこなのか段々とわかるようになってきた。母さんが夜中にこっそりかける電話とかから……。
幼馴染の孝一。
表向きは父さんの浮気のせいで離婚という事になっていたけれど、もしかしたらお互い様だったのではないだろうか……。
それとも、旦那の浮気にショックを受けているところを慰められて……とかか。
どっちにしろ貧乏だったのは、父さんが養育費をケチった訳でも、浮気した上に慰謝料も払わないクソ男だった訳でもないようだった。
それでもオレは良い息子であろうとした。
ずっとそうしてきたから、それ以外の答えがある事を知らなかったのだ。
そして、母さんも同じように良い母親を演じていた。
オレ達はずっと正しい答えをなぞるように生きていた。
「高校卒業したら、就職するよ」
そう言ったオレに、母さんの疲れ切った茶色い瞳はどこかホッとしているように見えた。
「奨学金もあるし、母さんももっと働くから……」
「勉強は嫌いだし」
多分、これが正しい答えなんだろう。
相手が望む答え。
将来なりたいものなんてわからない。
いや、考えられない。
何年も先の事よりも、今目の前の事だった。
オレはオレでありたい。
人が望む答えをたどる人生よりも、自分で選んだ道を生きたい。
そう思った。
本当は地元の企業に就職して親に楽をさせてあげるのが、一番正しい答えだったんだろう。
けれどオレは東京の会社で働く事に決めたのだ。
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