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オレが振り向かないでいると、再び彼女の声がする。
「謙ちゃん、ズルいよ……」
何だか彼女の声が震えているような気がして、オレはゆっくりと後ろを向いた。
「け、謙ちゃん……、待っててって……、ヒック、言ったのに……」
しゃくり上げる野々花の姿に、オレの頭は混乱する。
「えっ? な……、どうし……、て、え?」
オロオロするオレに、野々花は泣きながら小さく笑顔をみせた。
「謙ちゃん……、昔と変わらない……」
ああ、そうだった。野々花は昔から泣き虫で、つまらない事で泣く彼女にオレはどう答えてあげるのが正解なのかわからず、いつも狼狽えてしまうのだった。
「でも……だって、そうだろ? いきなり泣かれたら……」
「だって、せっかく見つけたのに……。見せ逃げされたら、私、前に進めない」
「どういう事?」
手の甲で必死に涙を拭く野々花に、オレは何をしてあげれば良いのかわからない。
ハンカチやティッシュなんか持ってないし……。
普通の男はこういう時どうするのが正解なんだろう……。
「謙ちゃんが引越したあと、お母さんが病気で亡くなったの」
「えっ、だって……」
オレは引越したあと、約束通り野々花に数回手紙を書いた。
貧乏だったうちには自分用のスマホもパソコンも家電もなく、手紙が唯一の通信手段だった。
野々花から送られてくる返事はいつも明るい話題ばかりで、オレは何だか泣きたくなった。
惨めな現状を突きつけられているような気がしたのだ。
だから何回か当たり障りのない手紙を書いたあと、オレは送るのをやめてしまった。
「謙ちゃんには、惨めな自分を知られたくなかったから、手紙には書かなかったの」
「えっ? 野々花が?」
野々花はいつだってキラキラ輝いて見える。
「私が父親とあまり仲良くないの知ってたでしょ?」
「おじさんと?」
野々花のお父さんは仕事が忙しくて殆ど家にいない、っていうのは聞いていた。けれど、彼女の家はお金持ちで、お金持ちって事は仕事が忙しいんだって、だから父親がいつも家にいないんだって、単純だったオレはそんな風に思っていた。
「お母さんが亡くなって直ぐにだよ? 『お前には母親が必要だ』ってアイツが女を連れてきたんだ」
「そんな……」
「きっと二人はお母さんが死ぬのを待ってたんだよ……。そんな人、私は好きになんかなれなかった。でもそんな事、謙ちゃんには知られたくなかったの。謙ちゃんの記憶の中でだけは、小四の時のままニコニコと笑っている私でありたかったの」
「ちっとも知らなくて、ごめん……」
野々花は小さな頭を振ってみせる。
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