263人が本棚に入れています
本棚に追加
タブレットを見ると、はじめの住む団地と似たような外見の建物と部屋の間取りと内装をうつした画像があった。
敷金礼金なしで即入居可能、おまけに内装もわりときれいに見える。
はじめの出した条件にぴったりだ。
「ここ、見に行ける?」
「いや、実はさ今鍵変えてる最中で中見れるのが来週なんだ」
「そっ、か…」
実はすぐにでも決めて今の家を出ていきたいと思っているが、そんな事を白状するわけにもいかず…
内心落胆していると、犬塚がぽそりと呟いた。
「正規じゃないけど見れる方法はある」
「え?」
「実は俺、ここに住んでるんだよね」
「そうなの?」
はじめの言葉に犬塚がシーッと人差し指を唇にあてる。
そしてうん、と頷くと今度ははじめに聞こえるギリギリの声で囁いてきた。
「仕事終わってからでもいいなら俺の部屋見せたげる。来る?」
犬塚の低い声に一瞬ドキッとしてしまう。
昔まだ彼が現役だった頃、隣に座って接客してくれたことを思い出してしまったからだ。
それに部屋に行ってもいいものか迷ってしまう。
たまたまとはいえ、別れた相手の生活圏内に足を踏み入れるなんて話、普通に考えておかしい気がする。
はじめは恐る恐る犬塚の顔を盗み見た。
はじめと視線が絡んだが、犬塚はどうすんの?という表情でこちらを見てくるだけで、妙な雰囲気は少しも感じられない。
はじめを部屋に招き入れ、どうこうするつもりはなさそうだ。
大丈夫だろう。
彼はもうホストではなく不動産屋で働く一般人。
何より、夫が留守にしている間に諸々の手続きまで進めておきたい。
「じゃ、じゃあよろしくお願いします」
はじめの言葉に、犬塚はにこりと笑うと自分の電話番号が書かれた名刺を渡してきたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!