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「あぁ〜」
犬塚は少しバツの悪そうな表情になると、辺りを見まわしながらひそひそと囁いてきた。
「辞めたんだ。まぁなんつーかやっぱホストって若さが武器だろ?年齢的に無理あるっつーか、先の事考えたりするといつまでもやってらんないなと思ってさ。思い切って辞めて真面目に就職したわけ」
「そうなんだ」
そう言いながらはじめは内心驚いていた。
はじめの知る犬塚はナルシストの上自信家で、プライドが高い男だった。
好きなものは高級時計に高級車に高いシャンパン。
一生夜の街で生きていくタイプだとばかり思っていたからだ。
「そんで、そっちは家探し?」
犬塚ははじめを席に座るよう促すと、ノート型パソコンを操作し始める。
「ま、まぁ…」
「敷金礼金なしで即入居可がいいって言ってたけど、どんくらいの広さがいいの」
「ワンルームとかでいいかな」
その時カタカタとリズミカルに鳴っていたキーボードの音がぱたりと止んだ。
「へぇ?にしちゃ狭くね?」
「いや、その一人だし…」
言いかけたところでハッとする。
犬塚の目がカウンターの上に置いた左手の薬指に向いていたからだ。
咄嗟に隠したが恐らく遅かっただろう。
犬塚はナンバーワンホストという立場で身についた鋭い観察眼がある。
明らかに結婚指輪をしているのに一人暮らし用の部屋を探しているなんてどう取り繕ってもおかしい。
何か言われるかもしれない。
はじめは犬塚と離婚するときも、こうやって先に住む場所を確保してから逃げていた。
しかもこれで四度目の犯行でもある。
まずい。
背中に冷たい汗が流れていく。
よく考えると、承諾してくれたとはいえ一方的に離婚届を送りつけてしまった相手と対面するのはかなり気不味い。
どんな非難や罵声を浴びせられてもおかしくない状況だ。
だが犬塚は「了解」と短く言うと、再びキーボードを叩きだす。
しばらくすると、まだ冷や汗が止まらないはじめの前にタブレットを置いた。
「ここ、条件よくない?ちょうど先月退去した空き部屋あってさ、修繕終わったからそろそろだそうと思ってたとこなんだよ。駅近でスーパーコンビニ病院もあるし便利だと思うけど」
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