田中義道の優しさ

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田中義道の優しさ

 俺は長年、駄菓子屋の店主をしている。若い頃は女房にもうちに来る子供にも厳しかったが還暦を過ぎてだいぶ丸くなった。  子供達が大好きなチョコを毎日、数量限定で販売することにした。しかし子供に混じって大人がそのチョコを万引きするとはなんと嘆かわしいことか。  盗んでいく奴は斎藤和樹。なぜかいつもチョコばかり万引きしている。たかが五十円のチョコを盗まれたぐらいでは、うちには何にも響かない。だけど毎日盗みに来る斎藤には苦い思いをしていた。  夕暮れ時、そろそろ店を閉めようかと思っている時に斎藤がやってきた。いつものように店頭に並んでいるチョコを万引きしようとした時に店主の俺に声を荒げた。 「おい、チョコが品切れだ。在庫はないのか?」 「いつも万引きしているチョコの在庫を確認するとはなんて奴だ」  斎藤が眉を上げて驚いていた。 「俺が万引きしているのを知っていたのか」 「毎日しているからバレない方がおかしいだろうよ。おまえの前に来た客に万引きさせた。おまえに万引きされるよりはずっとマシだ」 「チョコはもうないのか。俺は楽しみにしていたのに。俺を通報するのか?」 「通報するつもりなら万引きされた最初の日にしているさ。俺はおまえに真面目になって欲しいだけなんだ」  俺は斎藤を前にして腕を組むと真っ直ぐな眼で諭すように話した。 「おまえは随分図太い神経をしているな。もっと真面目に生きたらどうだ。親の顔が見てみたいもんだ」  斎藤は真面目、真面目と小声で呟きながら帰って行った。
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