SWEET PAIN : Will You Be My Girl ?

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 関西に帰って、僕がその子どもの父親になる。そう申し出たら美談だったかもしれない。  が、とうとう僕はそういう決断をしなかった。  アヤの気持ちが僕に傾いて手紙を寄こしたわけではないことが、文面から何となく分かってしまったのが僕には決定的だった。  想いを打ち明けた僕のことを長年無下にした挙句、別の男性と大人の関係まで進んでおいて、その彼に捨てられてから僕を頼ってくるなんて、どうにも筋が通らなかった。  彼女を心底好きだった僕も、さすがにプライドが先立った。  少し冷静になれば、彼女は終始僕自身にたいして関心がなかったことが思い出せたのもあった。  ロックに夢を託して上京し、ようやく初めてライブハウスのステージに立ったとき、僕は誇らしげに彼女に報告の手紙を書き送ったことがあったが、彼女が自分のことのように喜んでくれる、もしくは男として見られないとした僕のことを見直すと期待して受け取った返信には、その僕の果たした夢の第一歩について、何一つ触れられていなかった。    そういう彼女に入れ込んでも仕方がないことに気づいたのは、実はほとんど手紙のやり取りがなくなってから数年もたったあとだった。  仕事を辞めて故郷を捨て身一つで不確かな未来と四六時中向き合っている。とっさには、自分の背負っているそのようなリスクを思えば、そこで僕の夢を彼女に迎合する形であきらめるわけにはいかなかった。  もちろん、アヤはそういうつもりで僕を頼ったわけでもないのだろうが、僕が気の利いた薄っぺらい慰めの言葉一つ返せないまま、それきり、二度と彼女から手紙が来ることはなかった。 (了)
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