プロローグ:トンネルの落書き

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プロローグ:トンネルの落書き

 それはただの落書きだった。  通学路のショートカット。大股10歩で通り抜けられる、暗いコンクリートのトンネル。  誰も通らないトンネルの壁に、私はアクリル絵の具で手のひら大のハートを描いた。  ピンク色のハート。それだけでは美術部員として芸がない。だから補色の緑で縁取った。  ひと回り大きくなったハートに気が済むと、私はそれを睨んだ。 「ぶーた、好きだよ」  トンネル内は、どんな呟きも拾い上げて、大きく反響させてしまう。  私は終業式で膨らんだサブバッグに絵の具を突っ込んで、汚れた筆を持ったままそこから走り去った。  
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