1 溜め込んだ想い

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 締切は5月末日。応募サイズのキャンバスは《f10(530×455mm)号》だ。  4月末の夕方の風はまだ冷たい。風が髪を吹き抜ける。学校指定のコートだけでは、少し寒かった。 「近道しよう」  いつもは通学路の途中にある画材屋に寄るのが常だったけれど、今日は道を変えた。そこに何かアイデアが転がっているかもしれないし。  一年生の時の作品展で、私の絵は1000点を超える応募作品の中、最優秀賞に輝いた。  武田先生からの的確なアドバイスが功を奏した結果だった。事実、私は先生に指導を請うためにこの高校に入学した。  けれど周りは私に「天才」の称号を貼り付け、それ以来、私は何を描いても自分の絵に物足りなさを感じるようになってしまった。 「そういえば」  近道(ショートカット)の途中には、あのトンネルがある。高校二年の終わりに、壁に落書きしたトンネルが。  足を踏み入れた途端、飽和寸然の冷たい湿気に包まれる。ちょうど半分の五歩で足を止めると、思わず「あっ」と呟いた。  緑の縁の、ピンクのハートに目玉が描き足されていた。縦長の目に、黒の瞳。 「なにこれ」  思わず笑ってしまった。結構、上手い。画材を持っていれば良かった。明日、顔の部分を描いてみよう。
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