前髪をあげて。

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 金色のふさふさな毛が、ぼくの顔に向かってくる。膝の上に置いていたカメラを守るため、カメラに覆いかぶさり、亀のように頭を引っ込めた。ふさふさの暴力はぼくの背中に覆いかぶさり、しつこく狙ってくる。ふんがふんがと聞こえてくる鼻息の中で、再び叫び声が聞こえてくる。 「マ、マリッ! マリだめ、マリトッツォ! すみませんっ……」  こちらが心配になりそうなくらいの声だ。叫び声の主がなんとかしてくれたのか、しばらくすると体を覆っていたふさふさがいなくなった。恐る恐る顔をあげると、自分と同じ学校の制服を着た女の子が、大きな犬のリードをぎゅっと掴んでいた。  その子は前髪を髪飾りで留めている。後ろの髪は一つ結び。犬に怒ったのか眉間にしわが寄っていて、制服は長い毛だらけ。犬と格闘していた証だ。 「す、すみません! 大丈夫ですか?」 「あっ、うん」  頭を下げていたから髪に砂がついていた。手で払っていると、女の子は違うと言いたげに指を差す。 「カメラ……」 「あっ」  いや、ぼくの心配じゃないんかい! カメラは手で覆っていて砂につかないようにしていたから大丈夫だと思うよ! だからぼくの心配をして!  それでも不安だから慌てて見る。カメラを全角度から確認して、レンズも取って中身を見た。砂は入っていないようだ。  大丈夫のサインとして指で丸を作ると、女の子は安心したようで穏やかな表情を浮かべた。緊張が解けたのか、女の子はリードが手から離れてしまったことを話してくれた。 「でも、なんで先輩のところに行ったのかがさっぱり」 「あーー。さっき肉まん食べてたからかな。においにつられたとか?」 「それかも。この子、家族がご飯食べてるとすぐ来るから」  先ほど怒られたはずのゴールデンレトリバーは、「わたしなにかしました?」なんて言いそうなおすまし顔でおすわりをしていた。 「マリ、反省してる? 先輩の大切なカメラだよ」  いやだからぼくの心配……。女の子が叱ると、ゴールデンレトリバーは首を傾げた。そうえば、さっきから彼女はぼくのことを先輩、と言っているような。 「もしかして、おれのこと知ってる?」  後輩の前なのでつい"おれ"なんて言ってしまった。彼女は頷く。 「うちの学校の、有名人なんで。最近は彼女さんと一緒で……」  胸に矢が当たったような痛み。いや、矢が心臓に当たったことはもちろんないけど、それくらいの衝撃。ここ最近は学校でもずっと一緒にいたから、目立つのも無理はない。  唇を噛み締め、ぼくは昨日の光景を思い出す。  隣のクラスのあいつと手を繋ぐ、彼女。そしてとあるものの前に立ち、カーテンをめくり中へ……。 「くっそ! 証明写真に負けた!!」  我慢できずに初対面(たぶん、初対面)の彼女に昨日の出来事を話してしまった。彼女は困った表情を浮かべて、言いづらそうに告げた。 「あの、その男の人の方は」 「いいんだよ、あいつはイケメンだから。負けても納得。でも、証明写真は……」 「証明写真は流行りですしね」 「うっ」  なぜか今、証明写真がブームになっている。そりゃ、証明写真は偉大なる大先輩だ。ぼくが生まれる前からバリバリに稼働している現役だ。リスペクトはしないといけない。けど、スマートフォンでもプリクラでもなく、証明写真さんに負けたのだ。なら、ぼくのカメラでよくない? カメラマンが悪い? ああ……。
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